(仮)の部屋

自作小説を置いている場所です。

タグ:女子ボクシング

第4話 刺客の実力

「感想は?」

「最高だね。言うことなし、今度の試合が楽しみで仕方ない」

美奈子に試合の感想を聞かれたアメリアは、嬉しさ満点の笑みを浮かべながら話す。

 

「いや、そういうことじゃなくて。攻略法は見つかった?」

「真正面からボコボコにするしかないね。」

「だ~~か~~ら〜〜、そのボコボコにする方法を聞いてるの!」

「ミナコはどうなの?」

「う〜〜ん・・・・・・。最初から足使う。でも、あいつ絶対くっ付いてくる。打ち合いに応じて、カウンター。ダメ、あいつと打ち合って勝てる自信ない。足使いながら、疲れるのを待つ? 私の方がスタミナ切れになっちゃう。う〜・・・・、どうすれば良いのよ・・・・・」

アメリアの問いかけに、美奈子は頭を抱えてしまう。動画で見た麻友は、以前と比べても数段腕を上げていた。麻友の性格やファイトスタイルからすると、地道にこつこつと相手を研究し、ファイトプランを練って、自分を鍛えてきたのだろう。言うのは簡単だが、それをやることは難しい。その辺が、麻友のファイターとしての才能と言える。

 

「ね?頭抱えるでしょ?」

頭を抱えてしまった美奈子を、アメリアは楽しげに見ている。けらけら笑いながら、美奈子の隣に腰を下ろす。

 

「ま、今回は考える時間もあるし、協力してくれる娘もいる。期待してるからね」

そういうと頭を抱えている美奈子の頭を自分に寄せ、ちゅっとおでこにキスをする。

 

「ちょっ!!私、そういう趣味ないから!!」

「え?なに?」

思わぬ美奈子の反応に戸惑うアメリア。

 

「ただのスキンシップだよ。ミナコ、私のこと嫌い?」

「嫌いじゃないけど、いきなりそういうことされるとビックリするじゃない」

「え〜〜、ステイツなら当たり前だよ」

アメリアは、唇を尖らせて、納得のいかないという表情を見せる。

 

「楽しそうだね・・・・・・・」

アメリアに輪をかけて、不満そうなのが彩華だ。

 

「何・・・・・羨ましいの?」

「羨ましいに決まってるよ」

(もしかして、彩華ってそっち系の人?)

彩華の反応に口には出さないが、警戒を強める美奈子。心なしか、彩華と距離を取ろうとする。

 

「美奈ちゃんがスパーして、麻友ちゃんが試合やるんだから、私がやらないっていうのは、友達としてどうかと思う。」

美奈子の想像とは違い、自分だけ蚊帳の外に置かれているのが、彩華には不満だったようだ。

 

「あ、なんだ。そっちか。ビックリした。」

「そっちって何?」

「いや、なんでもない。ってか、私はしたくてした訳じゃないし、こういうのって友達関係なくない?」

美奈子は呆れながら、不満そうな彩華に突っ込みを入れる。しかし、彩華は聞いてない。

 

「だから、今度スパーしよ!!」

彩華は、ぎゅっとアメリアの手を両手で覆うように握りしめて、頼む。それを聞いて、アメリアは、ぱあっと明るい表情になり。

 

OK!!もちろん!!」

「決まり!!やるからにはしっかりやりたいから、再来週で良い?」

「来月が良いな♪それまでにコンディション整えとく」

まるで遊びに行くかのように話をする2人。

 

「スパーって・・・・・、彩華のトレーナーとか、美由紀とか、シンシアの許可がいるんじゃ・・・・・」

美奈子は、盛り上がっている2人を見て、現実的なことを考える。いつもは、美奈子も暴走系だが、彩華と一緒にいるとどうも抑えに回ってしまう。

 

「それは、大丈夫!!今度の試合のために必要って説得する。」

「試合?」

「今度の試合の相手、麻友ちゃんに似たタイプなんだよね。麻友ちゃんに頼みそびれちゃったから、よか・・・・・」

「試合!?」

にこにしている彩華の話を、美奈子は大声を上げて、遮る。

 

「え、う、うん・・・・・」

美奈子の剣幕に、怯えた表情の彩華。

 

「いつ!?」

2か月くらい先・・・・」

「なんで!?」

「な、なんでって・・・・」

彩華は、突然いきり立っている美奈子に困惑している。アメリアは、見ているだけだ。触らぬ神に祟りなしと、関わらないことに決めたらしい。

 

「なんで私の試合はまだ決まってないのに、麻友とか彩華は決まってるのよ~~!!」

自分の試合が決まっていないのが、相当腹が立つらしい。

 

「だって、美奈ちゃんこの前試合したばかりだし・・・・」

「それは彩華だって、そうじゃない!! 私に負けたのに!!」

「それを言われると傷つく・・・・」

美奈子の言葉を聞いて、しょんぼりとする彩華。それを見て、美奈子も冷静さを取り戻す。

 

「あ、ご、ごめん。そんなつもりじゃ・・・・」

「良いよ。」

彩華は、謝る美奈子ににっこりと返す。

 

「相手ってどんな人なの?」

少し暗くなったムードを打ち消すように明るく聞くアメリア。アメリカ人だが、空気を読める娘のようだ。

 

「う~~ん、なんかタイの人って言ってた。名前が、ヌンティダー・プサック?ヌーナっていうのが愛称だって」

「ヌーナ・・・・・その娘、試合したことある」

「本当に!!」

「うん、タイに呼ばれて、試合して、勝った。インファイトで打ち合って、2ラウンドもたなかったかな。でも、楽しかったよ」

「そりゃ、勝ってりゃ楽しいでしょうよ」

 

思わずつぶやく美奈子、一方のアメリアは気にせずに。

 

「そういうことじゃなくて、強い相手だったら楽しめたってこと。」

「・・・・・・・ファイトジャンキーじゃないんだから」

呆れている美奈子に対して、アメリアはにやにやしながら

 

「ミナコは、戦うの楽しくないって言えるのかな?」

「美奈ちゃん、絶対楽しんでるよね。私とやった時も楽しそうだったし。」

「そ、そんなことないもん・・・・・」

アメリアと彩華にからかわれ、美奈子は顔を真っ赤にする。

 

「良かったら、これから私の部屋に来て、試合の動画見る?」

「良いの?」

「もちろん♪もっと話したいし、良かったら部屋で泊って行っても良いよ。」

「え~~~!!嬉しい!!じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうね」

アメリアの提案に、彩華は有無を言わずに応じる。会って1日しか経って居ないが、すっかり仲良しだ。

 

「話がまとまったら、私は・・・・」

「もちろん、ミナコも一緒」

「はあ?」

「美奈ちゃん、一緒に来てくれないの?」

「だって、私、関係ないじゃない。

「それでも、楽しくお泊りしようっていうのに、帰るっていうのはどうかと思う。」

「そうそう、ミナコはそういう娘じゃないよ」

2人に上目遣いに見つめられてしまっている美奈子だが、特に断る理由はなく、2人の圧力に抵抗する術がない。

 

「分かった。一緒に行く。」

渋々応じる美奈子。手早くジムの戸締りをして、泊まるのに必要なものとお菓子やジュースといったガールズトークに必要なもの(?)を途中で買い込み、アメリアの泊まっている

 

アメリアが、動画をスタートさせる。リング中央に、アメリア、ともう1人女性が向き合ってる。少しだけ小麦色の肌をして、髪をポニーテールに結い、黒のスポーツブラとベルトラインだけ白だが、他の部分は黒いトランクス、そしてその下に黒のスパッツを履いている。

 

「そういえば、このタイ人の戦績は?」

「えっと・・・・・・」

彩華は、鞄を手元に寄せ、ごそごそと中を探し始める。そして、手帳を取り出す。

 

121117KOだって・・・・・・・」

「ってことは、アメリアに負けただけ?」

「・・・・・・かも」

そう言って、2人でアメリアを見つめる。どことなく得意げなアメリア。

 

画面上では、ゴングが鳴っている。テレビに視線を移す3人。ゴングと共に、アメリアに突っ込んでいくヌーナ。

 

「く・・・・・・つう・・・・・」

そのまま、アメリアに襲い掛かるヌーナ。アメリアはガードを固めるが、ガードの上から、右ストレート、左右フック、右アッパーと間髪入れずにパンチがアメリアに降り注ぐ。堅くガードを固めているが、じりじりと後退するアメリア。

 

 

「これ、きつかったのよね‥・・・」

思い出しながら、苦笑いをするアメリア。

 

「くう・・・・のっ!!・・・・・・うっ!!」

アメリアのガードが崩されそうになる中、このままじり貧になるのを避けようと、反撃に移ろうとする。しかし、アメリアの右ストレートに合わせて、ヌーナの右ストレートがアメリアに放たれる。寸前に首を動かし、クリーンヒットは避けたものの、右ストレートがアメリアの顔面にさく裂し、もんどりうって倒れる。

 

1・・・・・・・2・・・・・・」

追撃しようとしたヌーナだが、アメリアがダウンしたのを見て、笑みを浮かべ、自分のコーナーへと戻る。ダウンカウントが続けられる中、頭を押さえて、回復に専念するアメリア。カウント8で立ち上がる。

 

「ファイっ!!」

レフェリーが再開を宣言した刹那、このチャンスを逃すまいと、ヌーナが飛び込んでくる。序盤から、右ストレートでアメリアの顔面を再び跳ね上げると、そのままコーナーへと押し込んでいく。

 

「ふぐっ!!くう・・・・・・がっ!!」

ヌーナは、アメリアをコーナーに追い込み、アメリアに集中砲火を浴びせている。防戦一方のアメリア。ガードを固めながら、ヌーナの攻撃に合わせて、ジャブを返し、決定的なダメージを避けようとする。だが、ヌーナの手は休まらない。そうこうしているうちに・・・・・。

 

「カー―――ん!!」

1ラウンド終了のゴングが鳴った。ゴングが鳴ると、ヌーナは満面の笑みを浮かべ、観客にアピールをする。会場を埋める大観衆は一方的に攻めるヌーナに大歓声を上げている。

 

「本当に勝ったの?」

目の前で繰り広げられている試合を見ながら、美奈子は、眉を顰めて、アメリアに問いただす。アメリアはまたも首を竦め。

 

「勝ったってば」

「本当に?一方的にやられてるだけじゃん」

嘘くさいとばかりに眉を顰めている美奈子。アメリアの言うことをまだ信じていない。

 

「そうかな?」

彩華は、美奈子の言葉に疑問を投げかける。

 

「え?」

「う~~ん、動画だから良く分かんないけど、ダウンした割にはエミちゃん、ぴんぴんしてない?それにあれだけ、攻められてるのにダメージ、そんなにないんじゃ・・・・」

「そうかな?」

このラウンド、アメリアは一方的に攻められていたが、特にダメージを負っている様子はない。彩華は、その点を指摘する。一方の美奈子は、彩華の言うことを疑わしげに聞いている。

 

「カー―――ン!!」

2ラウンド開始のゴング。ゴングと同時に、ヌーナはアメリアに向かって飛び込んでくる。アメリアは、足を広げ、その場でヌーナを迎え撃つ構えだ。ヌーナは右ストレートから、左右のフック、そしてアッパーと左右に打ち分けながらアメリアに襲い掛かる。一方のアメリアは、これまでと異なり、ヌーナの攻撃を受けながらも、左右のフック、そしてアッパーを腹部に集中させ、反撃を加えていく。真っ向から打ち合いに応じている。

 

「がっ・・・・・う・・・・がふ・・・・」

30秒か、40秒ほど、お互いに打ち合っただろうか。徐々に、ヌーナの攻撃がかわされ、アメリアの攻撃の方がヌーナに当たり始める。ヌーナの顔面がアメリアの左右フックで、ぱんぱんと右へ左へと弾かれ、右に逃げようとすると、右フックが脇腹を叩き、元に戻される。リング中央だが、アメリアによって見えない糸につながれたかのように、その場で攻撃を受け続けるヌーナ。ヌーナにとっては地獄の時間だが、ヌーナもただ受け続けるだけではない、アメリアの攻撃が途切れた瞬間、起死回生の右フックを放つ。

 

「ふぐううう!!!!!!」

どすっという鈍い音が響き、ヌーナがリング中央で固まっている。ヌーナの放った右フックをアメリアはダッキングでかわし、右アッパーをヌーナの鳩尾にえぐりこむ。ヌーナはつま先立ちの状態になり、アメリアの拳に支えられている。数秒間、その状態が続いたが、アメリアが拳を引くと、膝からリングへと落ちる。そして、そのまま、顔をリングにつける。

 

「うああ・・・・あ・・・・・え・・・・・・うげえ・・・・・」

腹を抱え、尻を突き上げて悶絶しているヌーナ。マウスピースを吐き出すが、目をぎゅっと閉じ、涙をぽろぽろとこぼしながら、苦しさに耐えるので精いっぱいだ。口の端からは絶えず涎を零し、彼女の水溜りの大きさがどんどん大きくなっていく。水溜りは顔の方だけでなく、足の方にも生じている。黒のスパッツを湿らせながら、少し黄色がかった水溜りが彼女の足元に作られる。思わぬ展開に会場からは悲鳴が上がる。

 

「「・・・・・・・・・・・」」

目の前の光景に、言葉もないという様子の美奈子と彩華。対戦相手のヌーナは決して弱い相手ではない。パンチ力やテクニック、そしてスピードは美奈子、麻友、彩華の上を行っている。どれか一つなら、ヌーナよりも上だという自信はあるが、全部というのは難しい。その相手をねじ伏せたのが、目の前にいるアメリアだ。

 

「「・・・・・・・・・・・・・」」

「ふう・・・・・・・・」

2人は、アメリアを見るが、アメリアは肩を竦めるのみだ。

 

「美奈ちゃん、本当にエミちゃんにスパーリングで勝ったの?」

「・・・・・・たぶん」

彩華の問いかけに美奈子も思わず自信のない答えをする。今日起きた出来事だが、目の前の動画を見た後では、夢のように思えてくる。

 

「ミナコは、私にちゃんと勝った。1ラウンド目で2分もたないでKOされたって言われたよ。」

「ウソ・・・・・・・」

「ほんと・・・・・みたい」

信じられないという表情の彩華に、美奈子はまたも自信のない答えを返す。

 

「試合の感想は?」

にこにこしながら、尋ねてくるアメリア。画面上では、カウントが10になっても立ち上がれず、担架で運ばれているヌーナを写している。

 

「え・・・・・・と・・・・・・」

「アメリアって、意外とすごいんだね」

言葉の出てこない彩華。美奈子は、褒めているようだが、聞きようによれば失礼な一言を言う。

 

「“意外”と?」

アメリアの眉がピクっと上がる。

 

「え、ええと。そういう意味じゃなくて、ははは」

「・・・・・・・良く美奈ちゃん、勝てたよね」

じと目で睨んでくるアメリアに乾いた笑みを返すしかない美奈子。一方の彩華は、ぽつりとつぶやくのみ。アメリアは、大いに面目を施したようだ。

3話 似ている2

 

「気づいた。大丈夫?」

「大丈夫、平気」

様子を確認していたクロエの声にようやく気付くアメリア。立ち上がろうとするが、クロエに止められる。しばらくリングに寝かされていたが、その後しっかりした足取りでリングを降りる。その後、念のために病院に連れていかれ、検査を受けることになった。美奈子や美由紀もクロエと共に病院に付き添う。美奈子はKOした張本人ということで、責任を感じているようだ。それだけでなく、退院後の経過報告をする必要があったということも付き添った理由だ。

 

経過報告を終え、アメリアが検査を受けている間、所在なげに待合室で待つ。そこに・・・。

 

「あ、美奈ちゃん!!」

美奈子を呼ぶ声がする。振り返るとそこにいたのは、渡瀬彩華。前の試合の美奈子の対戦相手で、今は友人。

 

「どうしたの?」

美奈子は、思わぬ人物の登場に顔を綻ぼせる。

 

「退院後の経過を先生に伝えに来たの。本格復帰して良いって言われちゃった」

「私も!!こんなに休んでると、体がなまっちゃうのよね」

「分かる~♪」

そんなことを言いながら、笑いあっている2人に、検査を終えたアメリアと付き添いの美由紀がやってくる。

 

「美奈子、お待たせ」

「美奈ちゃん、この人って・・・・・」

美奈子に話しかけてくるアメリアに興味津々の彩華。一方、アメリアも彩華に興味がある様子。

 

「この娘が麻友の対戦相手のアメリア、そしてトレーナーのクロエ。で、こっちが彩華」

美奈子が紹介すると、アメリアは彩華をハグして、挨拶をする。いきなり抱きつかれた彩華は目を白黒させるが、

 

「これが、アメリカンスタイルだね・・・・・」

 

とまんざらでもない様子だ。付き添っていた美由紀は、「先に帰るから、明日またジムで」と言って、クロエを連れてさっさと帰ってしまった。3人だけにしてあげようという気づかいのようだ。

 

用事も済んだということで、バスに乗り、駅へと向かう3人。その間も彩華とアメリアは、談笑している。お互いに気が合うようだ。まだ話したりないのか、食事をしたいというアメリアに付き合って、美奈子と彩華は駅前のレストランに入る。

 

食事をしている間もよもやま話をしていたが、食後のデザートを食べながら、先ほどのスパーリングの感想へと話題が移る。

 

「ミナコ、強いね♪ あそこまで何も出来なかったのは初めて。なんだか自信なくしちゃったな・・・・・・」

「ま、今日は調子悪かっただけでしょ」

しょんぼりとするアメリアを慰める美奈子。美奈子にとってもさっきのスパーリングは予想外。

 

「エミちゃんも負けちゃったんだ。私も、美奈ちゃんに負けたばかりだから、負け友だね」

「仲間仲間♪」

「なんで負けて喜んでるのよ」

燥いでいる彩華とアメリア。美奈子の方は、渋い顔をしている。

 

「あそこまでパーフェクトなカウンターは初めてだったね。私がどこに来るのか分かってるみたい」

「う~~ん、たしかに変なのよね。アメリア」

「エミ」

「・・・・・・・・エミの軌道が読めるっていうか、次に何しようとしてるのかが分かるっていうのか・・・・・」

アメリアに名前を言い直させられているが、美奈子も訳が分からないというように首を傾げている。

 

「それ、超能力?」

「ミナ、エスパー?」

からかうように言う彩華。それに乗っかるアメリカ。彩華につられて、美奈子の愛称で呼ぶ。

 

「そんな訳ないでしょ。」

呆れたように言う美奈子。一口アイスティーを口に含むと。思い出したかのように。

 

「そういえば、アメリア!!あんた最後、マジだったでしょ。」

「なんのことかな~♪」

口笛を吹いて誤魔化す。

 

「それにカウンターを合わせてくるんだから、ミナの方がずるい」

美奈子を恨めしげに見るアメリア。

 

「お~~、良し良し」

アメリアの頭を抱きかかえ、あやすように撫でる彩華。

 

「頭痛くなってきた・・・・」

おでこに手を当て、心底うんざりといった表情を見せる美奈子。

 

「あ!!思い出した」

アメリアの頭を撫でていた彩華だが、突然声を上げると鞄の中を探り始める。

 

「これこれ。」

鞄をごそごそと探していたが、USBメモリーを取り出す。

 

「何?」

「さっきね、病院で麻友ちゃんに会って」

「うげ、嫌な奴の名前を聞いちゃった」

そう言って、顔をしかめる美奈子。

 

「あ!!」

顔をしかめていたが、突然大声を上げる。周囲の客が何事かと振り返るが、美奈子はおかまいなしに。

 

「麻友よ、麻友!!」

美奈子が何を言っているのか分からず、きょとんとしている彩華とアメリア

 

「麻友ちゃんがどうしたの?」

「アメリアが麻友なの!」

「「はあ?」」

さっぱり意味が分からないという表情の2人。

 

「だから!!アメリアのタイミングとか、やることが麻友と同じなの!!」

「「あ~~~」」

ようやく美奈子が興奮している理由が分かる2人。彩華は納得しながら、興奮している美奈子に水を飲むように促す。

 

アメリアのファイトスタイルは、麻友と同じもの。美奈子は、今まで何度も麻友との試合を想定し、シュミレーションをしていた。恐らく、どの選手よりも麻友のことを知り尽くしていると言って良い。だからこそ、あそこまであっさりと負けてしまったのだ。

 

「でも、麻友ちゃんと同じタイミングで同じファイトスタイルか~~」

「マユって?」

「今度の対戦相手の高橋麻友ちゃん。わたしたちの友達なの。」

「私は違うけどね」

誰の話をしているのか分からない様子のアメリアに麻友のことを紹介する彩華。一方の美奈子は、友達と言われて顔をしかめている。

 

「病院でマユに会えたのか・・・・・、残念」

むうっと顔をしかめているアメリア。

 

「残念って、今、対戦相手と会ってどうするのよ。」

会えなくて残念そうにしているアメリアに、美奈子は訳が分からない。

 

「対戦相手に会うと、イメージが固まるんだよ。ミナコはイメージトレーニングしないの?」

「するけど、そんなの動画とかで十分じゃない」

「実際に会うのと、動画は違うよ。性格とか、そういうことも分かると、イメージが膨らむんだよ」

「言ってることは分かんなくないけど、イメージが膨らむって、絵描きさんじゃないんだから」

美奈子はなんとなくではあるが、アメリアの言うことを理解したよう。

 

「あ、そうそう。これを美奈ちゃんに渡してくれって言われたの。」

すっかり脱線した話を元に戻す彩華。手に持っていたUSBを美奈子に渡す。

 

「何これ?」

美奈子はUSBを指で弄びながら、彩華に聞く。

 

「美奈ちゃんにっていうか、エミちゃんになんだけど、麻友ちゃんの試合の動画だって」

「サンクス、アヤカ!!」

美奈子からもぎ取るようにして、USBを奪い取るアメリア。

 

「なんで?」

「なんかね、自分だけ知ってて、相手が知らないのは不公平だからって」

「だからって、わざわざ渡すことないのに、くそ真面目な奴」

麻友の行動に訳が分からないという顔をしている美奈子。

 

「ミナ、早速見よう!!」

「え、今?」

「そう、今!!」

美奈子の腕を取って引きずってでも連れて行こうとするアメリア。

 

「分かったから!!行くから!!待ちなってば。お金払わないと!!」

美奈子に言われて、しぶしぶ手を放すアメリア。レジで会計をしているのももどかしい。

 

「私も一緒に見て良い?」

「もちろん。届けてくれたのは彩華でしょ」

「えへへ、やった。」

 

彩華は、早足になるアメリアに付いていきながら、尋ねる。アメリアは、快く了承。3人で角山ジムへと向かう。ジムにつくと、美由紀をはじめ、ジム生や職員のほとんどは既に帰っていた。最後の一人が帰ろうとしていたが、帰りに戸締りをしておくようにと念を押され、ジムには3人だけとなった。応接室に場所を移し、待ちきれないというアメリアを抑えながら、動画を見始める。

 

「美奈ちゃんと私の後にやってたから、私達も見てないんだよね。楽しみ♪」

彩華は興味津々という様子。

 

「どうせ、しょぼい判定勝ちに決まってるって、まぐれよまぐれ。」

美奈子は興味なさそうにしているが、帰るとは言わないし、画面から目を離さない。

 

「・・・・・・・・」

アメリアは無言で食い入るように画面を見ている。

「相手の塚本京子さんは、この時はランキング5位でインファイトもアウトボクシングもこなすタイプのボクサーだよ」

「あ~~!!麻友なんかに負けないでよね」

彩華は事情を知らないアメリアに対戦相手の紹介をする。美奈子は画面上の京子をじっと睨みながら、恨み言を言っている。

 

動画は入場シーンを省き、試合シーンだけを写したものだ。リング中央では、黒髪にセミロングの麻友が白のスポーツブラと黒のトランクスに身を包んでいる。対戦相手の京子は、茶色のセミロングの髪に赤のスポーツブラとトランクス姿、日焼けしているのか肌が色黒だ。麻友よりも2つ年上で。第1ラウンドのゴングが鳴ると、お互いに牽制のジャブを放ちながら、距離を取っていく。

 

「麻友ちゃん、相変わらず慎重だよね・・・・・・」

「たまには飛び込むとかしても良いと思うけど・・・・」

途中で買ってきたバームクーヘンを食べながら、勝手な感想を言う2人。

 

「動く・・・・」

アメリアが呟くと、それまでジャブを放って牽制していた京子の動きが変わる。素早いジャブの連打から、右ストレート、左右のフックと位置を変えながら、麻友にパンチを繰り出していく。突然の変化に、麻友はガードし、避けるのが精一杯。

 

「麻友ちゃん相手だと、アウトボクシングってことなのかな」

「どうだろ、その時その時でスタイルを変えるつもりかもよ。最初にペースを握って、じわじわ攻めていくつもりじゃない?」

「そっか・・・・・」

食い入るように画面を見ながら、互いに感想を言い合う。

 

「く・・・・・・つっ!!」

足を使い、なかなか麻友に付け入るスキを与えない京子。麻友はガードを固めながら、ジャブを放ち、京子の足を止めようとするが、なかなか上手くいかない。

 

「麻友ちゃん、劣勢?」

「・・・・・・・見てる」

「え?」

彩華は、画面から視線を外し、ぽつりとつぶやく美奈子の顔を見る。

 

「来る」

今度はアメリアが呟く。画面上では、またも展開に動きがあった。

 

「うぐう!!」

右ストレートから、またもヒットアンドアウェイで離れようとした京子の顔面がぱあんという音と共に跳ね上げられる。

 

「ふぐう!!う・・・・・がっ!!」

京子の足が止まった刹那、麻友は懐に潜り込み、左フックを脇腹に叩き込み、京子を前のめりにさせる。下がった京子の顎を右アッパーではね上げる。

 

「くう・・・・」

右後方に逃れようとする京子だが、逃れようとした京子の右脇腹に狙いすましたかのようにフックをえぐりこむ。

 

「うげえ・・・・・」

今度は左の脇腹へのフック、左右に逃れようとする京子の顔面、顎、脇腹、顔面にそれぞれ右ストレート、左ショートアッパー、右フック、そして最後に左アッパーと京子をコーナーへと追い込んでいく。京子がコーナーポストに背中を当てた時。

 

「カー――ン!!」

1ラウンド終了のゴングが鳴った。ゴングと共に、ふうっとため息をつく3人。3人にとっても緊張がほぐれた瞬間だ。

 

「麻友ちゃん。凄いね。」

アイスティに口をつけながら、一息をついている彩華。

 

「美奈ちゃんならどうする?」

「私なら、最初から足を使う。」

「それ、京子さんがやろうとしたよね。」

「う~~ん、ヒットアンドアウェイでダメージを蓄積させて、焦らして、焦れたところで、カウンターとか?」

「マユが焦れる?我慢強い感じだけど」

彩華と美奈子が言い合っている中に、エミが口を挟む。

 

「じゃあ、あんたならどうするのよ」

「もち、最初から打ち合いに持ち込んで、1ラウンドKO狙う」

「麻友相手に、そんなに簡単にいかないでしょ」

「長くなるとやばい感じがするから、勝負かけるってこと」

「なるほどね」

3人とも、画面上の麻友とどう戦うのかをシミュレーションしている。インターバルが終わり、第2ラウンドが開始されようとしていた。ダメージをほとんど負っていない麻友に対して、すこしダメージのある様子の京子。

 

「カー――ン!!」

第2ラウンド開始のゴングが鳴ると同時に京子に突っ込んでいく麻友。突っ込んでくる麻友に腹を固めたのか、足を開いて、がっしりとリングに足をつけ、迎撃の構え。

 

「バカ・・・・・・」

京子の様子を見て、呟く美奈子。

 

「ここは打ち合いじゃなくて、カウンターでびびらせないと・・・・」

そういって、唇を噛む。

 

「く・・・・・・ぐう・・・・・・ふげ・・・・・」

序盤こそ打ち合いになっていたが、徐々に麻友のパンチが一方的に当たり始める。麻友は、京子の腹部を集中的に狙っていく。脇腹への左右のフック、顔面への右ストレート、鳩尾へのアッパーと、上下に散らして、京子にガードの隙を与えないが、明らかに腹部に攻撃が集中している。

 

「足を潰す気ね。」

「麻友ちゃんらしいね。このチャンスがダメでも良いようにじっくり攻めてる。」

「性格悪い」

美奈子の拳に力が入る。

 

「くう・・・・・」

麻友に押され、京子はじりじりと後退し始める。このままだとじり貧だが、ダッキングで麻友の右フックに空を切らせると、顎にカウンターの右アッパーを叩きこむ。のけぞる麻友。たたらを踏むが、すぐに立ち直る。このチャンスを逃すまいと、ダメ押しの右ストレートを麻友の顔面目掛けて放つ。

 

「ふぐう・・・・・」

しかし、リング上で固まっているのは、京子だ。彼女の鳩尾あたりに麻友の拳が深々とめり込んでいる。右ストレートをダッキングでかわし、そのまま鳩尾に右アッパーを叩きこんだのだ。京子にされたことをそのまま返した形。

 

「うう・・・・・うげ・・・え・・・え・・・」

マウスピースがリングへと落ち、口の端からぼたぼたとよだれを零している。金魚のように口をパクパクとさせながら、信じられないという表情。

 

「ふぐう!!ぐう!!が・・・・・」

リング上で固まってしまっている京子にダメ押し。左右のフックで顔面を右へ左へ跳ね飛ばし、最後に右アッパーを顎に叩き込む。京子の体が跳ね上げられ、がくりと膝をついて、そのまま胸、顔面の順でリングに落ちていく。京子がリングに落ちた瞬間、セコンドからタオルが投入される。リングに顔面をつけながら、尻を突き上げている。口からは黄色と赤の混じった涎が小さな池を作っている。

 

「凄い・・・・・・」

「あいつカウンターなんか使えたんだ・・・・・・」

彩華と美奈子ともに、このまま麻友に有利に進んでいくとは思っていたが、ここまで一方的な展開とは思っていなかった。まさかの展開に言葉が出ない。

 

「・・・・・・・楽しめそ♪」

一方のアメリアは口の端に笑みを浮かべ、殺気を込めた一言を呟く。あたかも肉食獣が、獲物を見つけた時のよう、それも食糧ではなく、じゃれ合うことの出来る相手を見つけたライオンのような表情だ。

第2話 「金髪のライバル?」


試合後、検査のために入院をしたが、ダメージ自体は大したことはなく、数日の入院で済んだ。入院中にすっかり仲良くなった彩華と麻友、そして美奈子。しかし、麻友と美奈子の仲が変わることはなく、会うたびに憎まれ口を叩いている。


「入院中って暇~~」

入院ということで退屈しているのか、美奈子は麻友たちに会うたびにそういっている。


「暇なのは、美奈子だけじゃないんだから、毎回言うのやめなさいよね」

麻友がたしなめる。ちなみにこの会話もいつも通りだ。


「まあまあ。ケンカしないで」

喧嘩を始めようとする美奈子と麻友をなだめる。美奈子は元々、勝ち気なところがある方だが、麻友はどちらかというと大人びているイメージで、他人に突っかかっていくことは珍しい。麻友にとって、美奈子は例外のようだ。


「あと1週間もここに居なくちゃいけないんだから、少しはこっちの身にもなってよね」

「・・・・・・・・1週間?私、明後日、退院」

「私は明々後日だよ♪」

美奈子の退院日よりも自分たちの退院日の方が前ということを告げる二人だが、それを聞いた美奈子は、唖然としている。


「なんで!?」

「なんでって言われても・・・・ねえ」

「う~~ん、ダメージの違い?」

怒っている美奈子に、首を傾げる麻友と彩華。


「彩華、そこははっきり言って良いのよ。弱いか強いかの違いだって」

にやにやしながら、彩華に言う麻友。


「彩華に勝ったって言っても、実力では彩華の方が上だったってことじゃないの?」

困った顔をしている彩華に、にやにやしながら麻友が言葉を続ける。聞いている美奈子は顔をさらに真っ赤にさせ、体がプルプルと震え始める。


「麻友ちゃん、言い過ぎだって。美奈ちゃん、抑えて。私、そんなこと思ってないからね。」

どうどうと美奈子をなだめようとする彩華、一方の美奈子は体を震わせるのをやめ、にっこりと笑みを浮かべる。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ。私に勝ったことのない相手の言うことなんて、気にしない気にしない。」

にこにこしながら、麻友に近づいていく。思わず身構えてしまう麻友だが、美奈子は麻友のお腹をポンポン叩く。


「所詮、私のパンチで吐いちゃった麻友ちゃんの言うことだもんね」

「こ・・・・の・・・・・・」

にやにやしている美奈子に、麻友の表情が青ざめ、今度は麻友が震え始める


「吐いた?って何のこと?麻友ちゃんと美奈ちゃんって試合したことないんじゃ・・・」

「ふふ~~ん、実はね・・・・・・・」

訳が分からない彩華に向って振り返ると、得意げな様子で美奈子が話そうとするが、その瞬間、がすっ!!という音がその場に響き、美奈子は背中を抑え、痛がっている。


「いつつ・・・・・・何するのよ!!」

「え?何のこと?私じゃないよ」

麻友に向き直り、抗議する美奈子だが、麻友はとぼけている。


「ふ~~ん、そういうことするん・・・・だ!!」

麻友に少しずつ近づいていくと、麻友のお腹に手を当て、そのままぎゅうっと握りしめる。


「くうう・・・・ううう・・・・・ちょ、なに・・・・・」

「お返し♪・・・・・・うっ!?うううう・・・・・・離し・・・・・なさいよ・・・・・」

「そっちこそ・・・・・」

お腹を握られている麻友も負けてはいない。美奈子のお腹をぎゅうっと握りしめる。お互いに一歩も譲る気はない。


「美奈ちゃん!!麻友ちゃん!!止めなってば!!」

「美奈子が先!!」

「麻友が先!!」

仲裁しようとする彩華だが、2人とも聞く耳を持たない。業を煮やした彩華は、2人のそばによると・・・・・。


「やめて!!!!」

2人の耳元で大音量の声を上げる。思わず、手を放す2人。


「つう・・・・・・麻友が悪いのに・・・・・」

「あんたが悪い・・・・・・」

耳鳴りがするのか、耳を抑えている2人。まだ互いに恨み言を言っている。


「もう!!仲良くしなくちゃ!!」

彩華は、腰に手を当て、めっ!とでも言うように2人を睨む。渋々恨み言を言うのを止める。2人がけんかをするたびに、こうして彩華が二人を止めている。2人とも、彩華には頭が上がらない。



退院後、ジムを訪れた美奈子。退院した後でジムに来るのは前に惨敗した時と同じ、しかし今回は勝ったということもあって、美奈子の心も晴れやかだ。


「おはよ~~~!!」

ジムに入るなり、大きな声で挨拶をする。いつもはここまで明るいということはない。これだけで、美奈子の機嫌の良さが分かるというものだ。


「あ、美奈子先輩!!」

サンドバックを叩いていた綾乃が、美奈子に駆け寄る。


「おはよ♪元気?」

「元気ですよ!!美奈子先輩、この前の試合おめでとうございます!!」

「ありがと。綾乃もセコンドありがとうね」

「どういたしましてです」

にこにこしながら、美奈子に答える綾乃。


「美奈子、もう体は平気?」

「大丈夫♪もう、練習しても大丈夫って言ってたから」

綾乃と話していた美奈子に声をかける美由紀。


「次の試合もまだ決まってないから、ゆっくりしてて良いわよ。本格的にトレーニングを再開するのは、来週からで。今週は家で休んだら?」

「そうね。ウオームアップしながら、のんびりするかな」

大きく伸びをしながら、美由紀の提案に従う。


「来週の水曜日は必ず来てね。」

「え?なんで?」

「ちょっとね。」

「???なにそれ」

美由紀の指令に首を傾げる美奈子。だが、深く考えることはないようで。


「まあ、良いわ。じゃあ、着替えたら、綾乃、ウオームアップ付き合って」

「はい!!」

と、言って更衣室へと姿を消す。






「おはよ・・・・」

美由紀に指定された水曜日、ジムに入ってくる美奈子。いつもならば、ジム生や職員の挨拶が返ってくるが、今日は、美奈子を出迎えるものはない。何故かリングに人だかりが出来ている。半ばムッとしながら人だかりに進む。人だかりの中心に、きれいな金色の髪を無造作に肩まで伸ばしている少女が笑顔を浮かべて、そこにいる人々と会話を楽しんでいる。人だかりの中に後輩の綾乃を見つけ、近づいていく。


「あれ、何?」

綾乃の肩を叩き、問いかける。


「あ、美奈子さん!!体の調子はもう良いんですか?」

「うん、まね。で、あれ何?」

驚く綾乃に、同じ質問を繰り返す。


「次の試合はもう決まったんですか?」

「ううん、まだ。で、あれ何?」

美奈子は自分の質問に対する答えをなかなか聞けず。少しいらっとしている。


「あ、この前、お見舞いに行った時・・・・」

「ちょっと!!」

さらに話を続けようとする綾乃に、短気な美奈子の我慢も限界。綾乃のツインテールに結った左右の房をぎゅっと引っ張り。


「あ・れ・な・に!?」

一言一言区切って、大ぶりのジェスチャーで金髪の少女を指さす。


「い、いたいですよ~・・・・・・」

涙目になっている綾乃。

「えと、なんか、外国から来た人で・・・・ボクサーらしいです・・・・」

美奈子の剣幕にじどろもどろの綾乃。どうでもよい答えしか返ってこない。


「そんなの分かってるよ!!どう見たって、外人だし、このジムに来たんならボクサーでしょうが!!何しに来たかって聞いてるのよ」

「試合をしに来たのよ。」

「だれと!? って、美由紀・・・・・」

綾乃とは違う声が、美奈子の問いに答える。美奈子は、突然の登場に驚いたのか、綾乃の髪をつかんでいた手を離す。美由紀は、綾乃と美奈子のやり取りを見て、近寄ってきたようだ。美奈子の剣幕に、美奈子と綾乃の周辺に不自然な空間が出来ている。


「高橋さんと。」

「麻友!?なんで!?」

「説明すると長いんだけど、頼みたいこともあるから、こっち来て」

そういうと美由紀は、美奈子の手を引いて、応接室に連れていく。


「どういうことよ!!麻友と試合って」

何故か怒っている様子の美奈子、美由紀にかみつかんばかりに先程の続きを始める。


「あのね。この前の試合で高橋さんが勝って、ランキング5位になったの。」

「ウソ!!」

ちなみに美奈子のランキングは8位。前回彩華に勝ったとはいえ、彩華は美奈子の下位ランカー、美奈子の順位は変わっていない。


「それで、そろそろタイトルマッチって話があるんだけど、その前に・・・・」

「タイトルマッチ!!あいつが!?うそでしょ!?」

「その前に箔付けってことで、アメリカのボクサーと試合するってことになったのよ。」

「箔付けって、何よ!!国際試合なんて、羨ましい!!」

美奈子の相槌に答えない美由紀。付き合っていると話が進まないからだが、こと麻友のことになると、美奈子が冷静でいられないのを分かっているのだ。

「彼女がそれで呼ばれた娘。試合は4か月後ね。その間、うちのジムで面倒見ることになったの」

「ちょっと待って!!麻友の試合は先週でしょ?それから次の試合が決まるって早すぎない?」

「彼女の来日と、4か月後の試合って言うのは決まってたのよ。ただ、相手がキャンセルしてきたから、代わりに高橋さんってことになったみたい。」

「麻友のやつ・・・・・上手いことやってくれちゃったじゃない。私だって、勝ったんだから、私が相手になるのに・・・・・」

「あら、そう?」

「もちろん。当たり前でしょ?」

「じゃあ、決まりね」

「………何が?」

きょとんとする美奈子。


「4か月間、彼女の相手をあなたがして欲しいのよ。」

「4か月間!?」

「そう。スパーリングパートナーとして」

「やだ」

即答で断る。


「さっき、相手になるって言ったでしょ?」

「それは対戦相手ってこと。麻友の前に私がぶっ倒しても良いなら、引き受ける」

「それじゃあ、スパーリングパートナーにならないじゃない。同じ階級の選手がいるってことで、うちが引き受けたのに、その間、何もしないって訳にもいかないでしょ」

「私以外の娘がやれば良いの!私は嫌」

駄々っ子のように拒否する美奈子。案の定の展開に美由紀も渋い顔をする。(本人は強く否定する)麻友への義理立てもあろうが、すっかりへそを曲げてしまった。


美奈子が美由紀に説得されている頃、麻友の所属するフェニックスジムの応接室では次の試合についての説明を、ジムのトレーナーが麻友にしている。


「アメリカ人ですか。」

「ええ、アメリア・ペイン。戦績は10戦10勝0敗7KO。18歳。」

「同じ年ですね」

トレーナーに渡されたアメリアのプロフィールをじっと見て呟く。


「そうね。試合まで日本の角山ジムに滞在するそうよ。」

「星野さんのところですか・・・・・・・」

「同じ階級の選手が居るところだから。スパーリングパートナーも必要」

「・・・・・・・・パートナーですか」

トレーナーの言葉に麻友のこめかみが、ぴくっと引き攣る。ライバル視している相手が次の対戦相手のスパーリングパートナーということで、心穏やかではないようだ。


「相手の試合の動画が届いてるけど、見ておく?」

「是非・・・・」

最近の数試合を写した動画をじっと見る麻友。いずれも、アメリアが相手をKOしている試合だ。食い入るように見ていた麻友だが、ぽつりと。


「・・・・・・・星野さんがこの娘のスパーリングパートナーじゃなくて、この娘が星野さんのスパーリングパートナーですね」

「どっちでも同じでしょ?」

「・・・・・・・そうでしょうか」

そういうと微笑を浮かべる。アメリアの試合を見ながら、思うところがあったようだ。




「なに? 美奈子、嫉妬?」

数分間、押し問答を続けていたが、一向に美奈子はイエスと言わない。面倒臭くなってきた美由紀は、美奈子をからかう。


「はあ? 私がだれに嫉妬してるのよ」

美奈子は、むすっとしているが、茶色の髪をいじり始める。美由紀の言葉に動揺している。


「さっきは、高橋さんが羨ましいって言ってたけど、本当は、アメリアのことが羨ましいんじゃないの?」

「はあ?なんでよ」

「ライバルの高橋さんと試合が出来るっていうから、アメリアに嫉妬してるんじゃないかなと思って」

「なんで、麻友と試合するからって、羨ましいって思わなくちゃいけないのよ」

美奈子は、言葉では否定しているが、髪の毛を弄んで、どこか落ち着かないといった様子。美由紀の言うことを否定しきれていない。


「・・・・・・・・自信ないんだ」

どこか落ち着きのない美奈子に対して、美由紀は、バカにするようにして言う。プライドの高い美奈子のこと、こう言えば乗ってこないわけはないと踏んだのだ。


「そんなことない!!」

「まあね、気持ちは分かるわよ。同期の高橋さんに抜かれて、しかも彼女はこれに勝てば、タイトルマッチが見えてくるかも。その娘の相手のしかもアメリカ人じゃね。怖気づくのも分かる」

「だから、違うってば!!」

「分かった、分かった。綾乃ちゃんとかに頼めば何とかなるでしょ。」

「なんで、綾乃なのよ!!綾乃じゃダメ!!」

「だって、あなたしないんでしょ?」

「分かった!!やる!!やります!!」

美由紀に言いように乗せられてしまった美奈子。その言葉を聞いて、美由紀の表情が明るくなる。


「そういうと思ったのよ。早速、彼女を紹介するわね。」

そういって、美奈子の手を引き、応接室から、先程のトレーニングスペースへと移る。


「ちょ、待ってよ!!あ~~、もう!!」

嫌がる美奈子は引きずれるようにして、美由紀に引っ張って行かれてしまう。


「彼女は、アメリア・ベインさん。戦績は10戦10勝0敗7KO。年は、18歳。美奈子と同じね」

「はじめまして、よろしく」

にこっと笑顔で美奈子に手を伸ばしてくるアメリア。不承不承といった感じで、美奈子もアメリアの手を取る。


「エミって呼んでね」

そういうと美奈子の手をぎゅっと握りしめる。同じボクサー同士、しかも同階級で同じ年ということで、意識する面があるのだ。


「ちょ・・・・・(なに、この握力・・・・)」

美奈子も握り返そうとするが、アメリアの握力の方が格段に上のようだ。


「いたいってば!!」

「あ、ごめんなさい。」

美奈子が痛がると、アメリアは慌てて手を放すが、その顔には明らかな優越感が浮かんでいる。それをみて、むっとする美奈子。


「こっちは、クロエ・ローレンス。アメリアのトレーナーよ」

「よろしくね。」

にこやかに笑みを浮かべながら、握手を求めてくるクロエ。こちらは赤毛のロングヘア。


「さっきも言ったけど、うちのジムを好きに使ってくれて良いから。それで、この娘がさっき言ってた星野美奈子。あなたの対戦相手の高橋さんのライバルね。あなたのスパーリングに付き合ってくれるそうよ」

「いやいやだけどね。」

美奈子をアメリアに紹介する美由紀に、口を尖らせる美奈子。まだ納得がいかない様子だ。


「美奈子、ありがとう!!」

そういって、また美奈子の手を握る。今度は握りしめるのはなし。


「どういたしまして」

にこやかなアメリアに対して、こちらはどちらかというと渋い表情。


「早速、スパーに付き合ってもらっても良い?」

美奈子の手を取ったまま、リングに向かうアメリアに、思わず手を振り払う美奈子。


「ちょっ!!いきなりすぎでしょ!!」

「え?やってくれないの?」

美奈子の反応を信じられないという表情で見つめるアメリア。


「わがまま言わないの。」

「美奈子はこの前試合したばかりで、今日が本格復帰の日だから。今日すぐは無理じゃない?」

「それじゃあ、スパーリングパートナーの意味ない。」

たしなめるクロエ、助け舟を出す美由紀に納得のいかない様子のアメリア。


「軽くなら良いんじゃない?」

「美奈子がそう言うなら良いけど、危なくなったら止めるからね」

仕方がないといった表情の美奈子と美由紀。


「飛行機の中で退屈してたのよね♪」

一方のアメリアは満面の笑みだ。


「退屈しのぎにスパーじゃたまったもんじゃないんだけどな。」

「あの娘とのスパーは楽しめると思うわよ。更衣室に案内してあげたら?」

まだ不承不承といった様子の美奈子に、美由紀がにやにやしながらとりなす。


「??なんだか良く分かんないけど、ほら、着替えるよ」

何が何だかわからないという表情で、アメリアを連れ、更衣室へと入る。アメリアは、白の“No Fight、No Life”とプリントされたTシャツに青のトランクス、美奈子は黒に無地のTシャツに赤のトランクス姿で出てきて、そのままリングに上がる両者。


「とりあえず1ラウンドね。2人とも準備は良い?」

「OK」

「良いよ」

お互いににこやかではあるが、目は笑っていない。既に臨戦態勢に入っている。


「カー――ン!!」


ゴングが鳴ると、まずはお互いを見ながら、リングを回り始める。まずは様子見ということか。だが、1ラウンドしかないので、見合っていても始まらないというのか、アメリアが飛び出し、美奈子の懐に入ろうとする。だが・・・・。


「ぐっ!!」

懐に飛び込もうとした刹那、ジャブで迎撃される。美奈子の左ジャブを受けるが、アメリアもジャブを返していく。そのまま、足を止めての打ち合い。ジャブとストレートの差し合いに突入するが、お互いにクリーンヒットを許さない。


(早!!・・・・・)

アメリアのスピードの速さに驚く美奈子。美奈子はパワーというよりも、スピードファイター。アメリアも美奈子のスピードに劣ることはない。



膠着状態を崩そうと、ジャブで牽制しながら、美奈子の懐に入り、右ストレートを美奈子の顔面に叩き込むアメリア。


「ふぐう!!」

かと思われたが、のけぞったのは美奈子ではなく、アメリア。美奈子の右フックがアメリアの顔面にクリーンヒットしている。思わぬ展開に、どよめくジム生。


(え・・・・と・・・・・上手く当たっちゃった?)

パンチを繰り出した美奈子もジム生たちと同様に驚いている。


「くう・・・・・」

よろめきながら、2、3歩後ずさるアメリア。頭を振って、強引に回復させると、足を止めて、ワンツー、左右フックと、美奈子の追撃を阻むかのように攻撃を繰り出す。しかし、アメリアの攻撃を美奈子は体を左右に振りながらかわしていく。アメリアのパンチのスピードが増していくが、美奈子に当たる様子はない。段々と、焦りの表情を見せていくアメリア。


「この!!」

渾身の右フックを放つアメリア。しかし、焦りのあまり、大振りになっている。


「がっ!!」

それを見逃す美奈子ではなく、右アッパーがカウンターになり、アメリアの顎を打ち抜く。そのまま、仰向けに倒れ、ぴくりとも動かない。失神してしまっているようだ。


「あれ?」

まさかの展開にその場にいた美奈子も含めた全員が呆気にとられる。


「えっと・・・・・私の勝ち?」

美由紀に確認する。1ラウンド目のしかも序盤で、美奈子はアメリアをノックアウトしてしまった。鳴り物入りで来日した米国のボクサーを、いくら有望株の新人とはいえ、退院したてのボクサーがあっさりとKOしてしまった。


1話 屈辱からの復活

 

 ジムに入ると周りの視線を感じる。視線を感じるのはいつものこととは言え、今回は少し違う。皆の視線には美奈子への同情や哀れみが感じられる。それはそうだろう。先の試合で完敗を喫してしまった。もし、他のジム生が同じようなことをしたら、自分も同じように接してしまうだろう。だが、気分は良いものではない。

 トレーニングスペースを抜けて、事務室に入ると、皆が一斉にこちらを振り向いた。ジムの社長が美奈子に近寄り、

「もう体の具合は平気か?」

と声をかけてくる。

「はい。体の痛みは残っているんですが、大丈夫です。ただ、お医者さんは練習はまだ出来ないって言ってるので・・・・・」

「そうか。場所を変えるか・・・・・・」

「・・・・・・・えと」

なんだか訳が分からないまま、応接室へと通される。

 

「なんですか?」

椅子をすすめられ、腰を落とすと間髪入れずに社長に尋ねる。

「何って。・・・・・・その・・・・」

「??」

「お前、これからどうする?」

「はあ?」

「だから、ボクシング・・・・・」

「続けますけど・・・・・」

「お前もな、今までが順調に行き過ぎたんだよ。だから、落ち込むのは分かる」

「別に落ち込んでないですけど」

「だよな。でもな、一度負けたからって止めるっていうのは」

「だから続けるって言ってますけど」

「いや、そうはいってもまだやり残したこととか」

「あの!!」

噛み合わない会話を続けていた二人だが、ついに痺れを切らした美奈子が大声を上げて立ち上がる。

「な、なんだいきなり。」

「だから続けるって言ってるじゃないですか!!引退しません!!」

「あ、そ、そうか・・・・てっきり・・・」

どうやらこの社長は美奈子が引退すると思っていたらしい。それで引き留める台詞を丸覚えし、美奈子の言葉を聞かずにとうとうと述べていたようだ。美奈子は思わず、(こんなので説得されるやついないわよ)と心の中だけで思った。

 

「それじゃあ、そういうことで」

凄くバカバカしくなった美奈子はまだ何か言いたい様子の社長を置いて、応接室を出た。

 

「あ、何の話だったの?」

「なんか、私が引退するって思ってたみたい。説得された。」

応接室を出ると丁度事務所に居た美由紀に呼び止められる。いきさつを聞くと美由紀は顔をしかめ・・・。

 

「引退する気なの?・・・・」

「する訳ない。」

「ふう・・・・・あの人はそそっかしいというか。」

「だよね」

そういってお互いに笑みを浮かべる。

 

「今日は?」

「ちょっと顔出しただけ。あと数日は、練習はダメって言われてるから。」

「そ、じゃあ来週。」

「あ、うん・・・・・」

あっさりと美由紀に言われ、半ば追い出されるようにしてジムを後にする。そして、翌週。

 

「ちは~~~」

先週同様、ジムに入っていく美奈子。

またもジム生の視線を集めているが、特に気にすることなく更衣室に入っていく。

「あ、美奈子さん。お久しぶりです!!」

更衣室に入るとそこには茶色の髪をツインテールに結った少女が着替えの最中だった。

「綾乃。お久~~」

彼女は楠木綾乃、日本ライトフライ級14位で美奈子の後輩にあたる。愛らしい容貌とは異なり、インファイトを得意とするボクサーだ。

「美奈子さん、今日から復帰ですか?」

「ま、ね~~。」

「いない間大変だったんですよ。美由紀さんが社長を怒鳴りつけたりして、何があったか知ってますか?」

「ん~~~、あのことかな」

「え~~、教えて下さいよ~~。」

「だ~~め。恥ずかしいし」

「ケチですね。あ、そだ。美由紀さんが美奈子さんが来たら事務室に顔を出してくれって言ってましたよ。次の試合の打ち合わせをしたいみたいで。」

「あ~~、次の試合ね」

「でも、この前試合をやってから直ぐなのに申し合いが決まってるって凄いですね」

「ん~~、前の試合の時にもう決まってたから。バーターって奴?」

「バーター?」

「そう。チャンピオンにノンタイトルで試合をさせる代わりに、同じジムの下位ランカーと試合して欲しいだったかな」

「そうだったんだ~~。良いな~~。」

「なんで?」

「へ?だって、試合二つ決まってるってことじゃないですか。」

「でも下位ランカーよ。ランキング変わらないのよ」

「でも、試合出来るんですよ」

「ランキング一つでも上にあげる方が良くない?」

「え~~~?試合を多くする方が良いですよ。」

「ふ~~ん、そういうもんかな・・・・・・」

「そうですよ」

「まあ、いっか。それじゃあ、事務室行ってくる。戻ってきたらスパーね。」

「は~~い、ラジャで~~す」

美奈子は納得がいったようないかないような顔をして事務室に入っていく。

 

「あ、来たわね。体の具合は大丈夫?」

「ん~~、なんとなく?」

「なんとなく?」

「休んだの初めてだから、感覚が分かんなくて」

「なるほどね。お医者さんのOKは出てるみたいだけど、念のため帰りに寄ってきなさいね。予約しとくから」

「え~~、めんどい。」

「行きなさい。」

「はいはい」

意外と素直に聞く美奈子。いつもならばもっとごねるところだが。

「それじゃあ、本題。これが次の相手よ。」

「たしかランキングが私よりちょい下だっけ?」

「そ、渡瀬彩華ランキング10位、16歳。」

「同い年か。なんだかおとなしそうね。ボクサーって感じじゃないな」

資料に添付されていた写真を見ながら呟く。写真には構えを取っている長い黒髪をポニーテールに結った少女が写っている。

「甘く見ちゃだめよ。7615KO

KO勝ちが多いんだ」

「ファイトスタイルはサウスポーでアウトボクシングもインファイトもこなすオールラウンドファイターね。」

「ふ~~ん。下位っていうからどんだけ弱いのかと思ってたけど、そこそこみたい」

「当たり前でしょ。沙耶華を餌にして、美奈子を釣り上げるんだから勝てそうな相手じゃないと」

「私は魚じゃないっての・・・・」

「分かってる。それに簡単にはつらせてあげないんでしょ?」

「もち。この前のリベンジってことで同じジムの奴を血祭りにあげないと」

「よし。じゃあ、今回のメニュー、前の試合でスタミナが大事ってことが分かったと思うから、まずはスタミナ強化ってことでロードワークから始めるわよ」

資料に目を通していた美由紀だが、美奈子の表情を探るようにちらりと見る。美奈子はロードワークのような地味なトレーニングが大嫌いだからだ。いつもならばごねるところだが・・・・・。

「ふ~~ん、了解」

「え?」

「じゃ、早速行ってくるわ。」

「ちょ、待って。」

「何?」

「あ・・・・その、えと今日は復帰一日目だってことを忘れないでね」

「了解」

と、いうと事務所を出ていこうとするが。

「まだ!!」

「何よ!!」

「話は終わってないの!!」

というと彩華戦までのトレーニングメニューを伝える。大まかに言えば走り込み中心。復帰してからの数日は走り込みをしながら、回復具合を見ていく。調子が戻ってからは、走り込みに加え、彩華戦を想定しての実戦スパーリングや対策を整えるというものだ。

「了解、了解。」

軽い感じで事務室を後にすると。

「それじゃあ。綾乃!!走り込み行くよ!!」

「え!!走り込みですか!?めずらしい・・・・・ってか、ウォームアップしちゃいましたよ~~」

「予定変更!!」

「美奈子さんに走り込み誘われるなんて雪じゃないですよね」

「ほら、無駄口叩いてないで、さっさとついてくる!!」

「あ、待ってください!!」

事務室に届く声で美奈子と綾乃のやり取りが聞こえる。沙耶華戦で発奮した様子。

 

 

「美奈子!!」

計量当日。計量場所に向かおうとする美奈子を呼び止める。嫌な予感がして、少し顔をしかめながら振り返ると、そこには黒髪をショートカットにした少女が立っている。

 

「麻友・・・・・・・・」

嫌な顔をする美奈子。高橋麻友、美奈子と同じ年、同じ階級のランキング9位。公式戦での対戦はないが、美奈子のライバルと目されている少女だ。しかも美奈子とは犬猿の仲。

 

「この間の試合見たわよ。」

嫌な相手に会ったと、そのまま通り過ぎようとした美奈子だが、麻友が言葉をかける。

「あ、そ。」

「あそこまで完璧にやられるなんてね。」

「・・・・・・・」

「スタミナ途中で切れたでしょ」

「・・・・・・・」

「最後ボディでダウンって、もっとお腹鍛えた方が良いんじゃないの?」

「自分だって吐いたくせに」

図星なので、言い返すことも出来ずむっとしながら聞いていた美奈子。麻友の放ったひとことにはきちんと突っ込みを入れる。

 

「・・・・・何か言った?」

「ううん、別に。前に私のアッパーで吐いた誰かさんのこと思い出しただけ」

「・・・・・昔の話をグチグチ・・・・」

「あんたこそ、自分の試合でもないのに得意になって・・・・」

通路の真ん中で互いに睨み合ったまま動こうとしない。そこに・・・・。

 

「あの~~、すいません」

「「なに!!」」

「あの、えと通るんですけど・・・・・」

「「あ、ごめんなさい・・・・・」」

「いえ・・・・・」

黒髪を肩まで垂らし、カチューシャで真ん中をかきあげている少女が二人に声をかけ、道を開けさせる。素直に頭を下げる二人だが、麻友は恥ずかしさで顔を真っ赤にし、美奈子の方は剣呑な表情を崩していない。心なしか、先程よりも殺気が増している。

 

「星野美奈子さんと高橋麻友さんですよね。私、渡瀬彩華です」

「あ、今度の美奈子の試合の」

「はい。宜しくお願いしますね。」

ぺこりと美奈子に頭を下げる彩華。美奈子は知っていたのか、にこやかに微笑む彩華にも表情を崩そうとしない。

「・・・・・こちらこそよろしく」

「・・・・・私、沙耶華さんとの試合の時、セコンドに居たんです。」

「それで?・・・・・・・・」

「私にとって、沙耶華さんは憧れてる人なんです。憧れてる人だから、一度はリングで追い抜いてみたいんですよね。でも、私は同じジムだから試合は出来ない。だから、ちょっぴり美奈子さんに勝って欲しかったんです。沙耶華さんに勝った美奈子さんに勝ったら、私の方が沙耶華さんに追いついたって言えますから。でもそんな虫の良いことはないですよね、やっぱり沙耶華さんには自分で追いついたって言わないと」

にこやかに微笑を浮かべながらいう彩華。表情とは裏腹に目は笑っていない。沙耶華と美奈子の試合が決まった時に交換条件として、彩華と美奈子の試合は決まっていた。沙耶華に勝とうが負けようが、あなたには負けないというのを言外に示している。

 

「沙耶華さんにはまだ及びませんが、覚悟しておいてくださいね。リングに沈んでもらいますから」

にこやかに言うと、またぺこりと頭を下げ、その場を後にする彩華。

 

「言いたい放題言ってくれるじゃない。・・・・・・感じは良いけど。見かけによらず、好戦的ね。」

にこやかに宣戦布告をして去っていく彩華の背中を見ながら、呆れたように言う麻友。

 

「それにしてもなんで黙ってたの?いつもなら何か言い返すじゃない」

「う~~ん、別に。多分だけど、怒らせた理由も分かるし。」

「怒らせた理由?」

「憧れの人を倒すのは彼女なのに、私みたいなのが突っかかっていったのが面白くなかったんでしょ?」

「あ~~、なるほどね。そりゃむかつくわ」

「あんたに言われたくないんですけど」

そして通路でまたも喧嘩を始める二人。それを見た彩華は。

「あの~~、計量の時間ですけど」

「「・・・・・・・・・・・・・・」」

2人に声をかけ、喧嘩を止める。美奈子にとっては最初からペースを握られている格好だ。

 

試合当日。控室

「ちょっと!!美奈子!!」

「え?なに?」

「話聞いてる?」

「あ、うん、聞いてる」

シャドーをしながらウォームアップをする美奈子。

ややというよりもかなり動きが硬い。

心配そうになり、声をかける美由紀だが、美由紀が声をかけてもシャドーを止めようとせず、何度か大声を出してやっと止めさせる。しかし、どこか上の空で美由紀に対する。

 

「カーーーーーン!!」

ゴングが鳴り、グローブを合わせるとそのままさっと離れる両者。まずは様子見から始まるかと思われたが・・・・・。

 

「くう・・・・・・・・・・」

彩華は様子見などせずに美奈子の接近するとワンツーから、右アッパーを放っていく。ガードする美奈子。そのままバックステップで距離を取ろうとするが。

「つ・・・・くふ!!」

あっという間に彩華に追いつかれ、脇腹への左フックから右アッパーを受ける。こちらもガードするが、序盤から防戦一方。

 

「美奈子さん!!直線じゃダメです!!回り込んで!!」

セコンドについている綾乃が声を上げるが、美奈子はバックステップで距離を取ろうとするだけ、なんとか体の動きで彩華の攻撃をかわすが、徐々に被弾が多くなっていく。

 

「・・・・・・・完全にあがってる。」

「あがってるって・・・・・・緊張してるってことですか?」

苦い表情で呟く美由紀。綾乃はそれを不思議な顔をして聞き返す。

「プレッシャーでいつもの動きが出来てない。」

「プレッシャーってあの美奈子さんですよ。」

「負けたのは初めて。復帰戦は精神的にきついものがあるわ。多分、私たちの声も聞こえてない」

「そんな・・・・・・・・・」

「きつい一発をお見舞いされれば目を覚ますわよ。」

「そんな他人事みたいに」

美由紀は悪いトレーナーではない。相手を分析し、緻密な計算の下、トレーニングメニューや戦術を考えて、選手を勝利に導くことには定評がある。しかし、計算が崩れるともろい所も見せる。今回もそんな悪い所が出たのかと綾乃は思ったが、一方の美由紀は涼しい顔で試合を見ている。

 

「大丈夫。緊張してるっていっても、頭がついていかないだけ。美奈子の反射神経はいつも通り。よほどのことがない限り。一発KOなんてならないわ」

「だと良いですけど・・・・・」

楽観的な美由紀と異なり、綾乃はリング上で追いつめられる美奈子をはらはらしながら見つめている。たしかに美奈子は彩華につかまりながらも、ウィ-ビングやダッキングといった技術を駆使しながら、彩華の攻撃を避けていく。しかし、彩華もそのままですませる相手ではない。首から上への攻撃はかわされると分かると、今度は上半身への攻撃に集中させる。そして・・・・・。

 

「げふうう・・・・・・・・」

若干振りかぶった格好の左アッパーをもろに腹に受けてしまう美奈子。口から大量の涎を吐き出す。ここで終わらせまいとフォローの右フックを美奈子の顎めがけて放つ彩華だが、その前に美奈子はその場に蹲るようにしてダウン。1R目にしてダウンを奪った彩華に会場中が沸き立ち、賛辞を贈る。

 

「ふう・・・・・・・・・・・・・」

ダウンを宣告されると踵を返し、コーナーへと向かう。右フックで致命的なダメージを与えておきたかった彩華。コーナーポストに体を預けながら、深呼吸して沸き立っている観客とは裏腹に顔をしかめている。

 

「ううう・・・・・・・・けふ・・・・・くう・・・・」

ダウンを奪われた美奈子。涎が口の端からぽたぽたとリングに落ちる。KOに至るほどではないが、ダメージを負ったことには変わりない。

 

「くそ・・・・・なにやってんのよ・・・・・・・・・」

ダウンを奪われたこともそうだが、ここまでふがいない自分に腹を立てている。深呼吸しながらカウント8まで体力の回復に努めると立ち上がる。

 

「カーーーーーン」

 

ゴングが鳴るとコーナーポストから飛び出し、美奈子に猛然と向かってくる彩華。チャンスを逃すまいということだが・・・・・。

 

「くう、うう・・・・・・・」

美奈子の射程に入った途端、ジャブの連打を浴びてしまう。いったん体勢を立て直そうとバックステップで下がるが・・・・

 

「ぐう!!つ・・・・・・・」

下がろうとする彩華に追いすがり、接近すると左右のストレートを放ってくる。このままペースを握られまいと彩華からも左右のストレートを放ち、打ち合いに応じようとするが美奈子は彩華の反撃をかわし、右ステップで距離を取る。先程までとは打って変わったスムーズな動きだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

このまま主導権を握ろうとした彩華だが、美奈子の動きが前よりも良くなったのを見て、うかつに手を出せない。第1Rは美奈子がダウンを奪われたが、その後態勢を立て直し、膠着状態のまま第1Rを終えた。

 

「はあ・・・・はあ・・・・」

「目覚めた?」

1Rだというのに荒く息をつく美奈子。開始早々から彩華に主導権を握られ、ダウンまで奪われた。その後持ち直したとはいえ、このラウンドは彩華にポイントが入っただろう。

 

「目覚めたって?」

「今度は聞こえてるわね。それに思ったよりダメージはない。よしよし」

「何喜んでるのよ・・・・・」

すっかり調子を取り戻した美奈子を満足げに見つめる美由紀、そしてそれを見ていた綾乃は美由紀の言うとおりになったことを驚いていた。

 

「まあ、良い。次のラウンドはこっちの土俵に引き摺り込んでやる!!」

これまでやられ続け、ストレスもかなり溜まっている。ここまでの借りを返そうというところだが。

 

「ダメよ」

美由紀はあっさりと却下する。

 

「なんでよ!!」

「相手だってバカじゃないのよ。美奈子の調子が戻ったことは分かってるはず。今までと同じ攻め方はしない。今度は距離を取りながら慎重に攻めてくるはずよ。」

「遠距離からの打ち合いだったら負けるはずないじゃない。望むところ・・・・」

「今度は美奈子から飛び込みなさい。」

「はあ!?」

素っ頓狂な声を上げる美奈子。聞いていた綾乃も驚きのあまりぽかんと口を開く。

 

「なんで相手の土俵に乗らないといけないのよ」

「良い?さっきのラウンドで美奈子が被弾した分だけ、こっちの体力を消耗してるの。遠距離からの打ち合いで足を使われたらその分、こっちが不利じゃない。まずは均衡を戻すことが先決。ヒットアンドアウェイの要領で飛び込んでは離れ、飛び込んでは離れしなさい。ただし、相手が飛び込んで来たらその時は打ち合いに応じて、頃合いを見計らって離れる。存分に引っ掻き回してやりなさい。」

淡々と戦法を教示する美由紀を真剣な表情で見つめながら頷く美奈子。そうこうしているうちにインターバルの時間は過ぎ・・・・。

 

「カ―――――ン!!」

2ラウンド開始のゴングが鳴った。

 

美由紀が言ったとおり、彩華は第1ラウンドと違い、飛び込んでこずに様子見をうかがう構えを見せている。一方、美奈子はゴングと同時に彩華の懐に飛び込み、左右のフックを放っていく。

 

「え!?くう・・・・・・つ・・・・・く・・・・」

一瞬面くらった彩華、かろうじて美奈子の攻撃をガードする。そして、反撃のワンツーを放つが、右にサイドステップした美奈子に交わされる。サイドステップしながらも右に動いた美奈子はジャブで彩華の出鼻を挫いていく。

 

「美由紀さんの言った通りですね。」

「今のところはね・・・・・」

感心している綾乃とは異なり、美由紀は渋い表情だ。リング上では美奈子の動きに彩華が翻弄されている。彩華が距離を取ろうとすると、美奈子はそれに追い縋り、果敢に攻撃を打ち込む。彩華が打ち合いに応じようとすると、美奈子はサイドステップで距離を取りながら、彩華の攻撃を空振りさせる。美由紀の言った通りの展開になりつつあるのだが。

 

「相手は試合が決まった時から美奈子のことを研究してきているはずよ。なんとか自分のフィールドに美奈子を引き摺り込もうとするはず。このままではすませないでしょうね。それに第1ラウンドで美奈子はダウンを奪われている。こっちは不利なままよ」

そういうとじっとリングを見つめる。

 

開始1分まで美奈子が彩華を翻弄していたが、130秒を過ぎたころから状況が変わっていった。それまで距離を取ろうとした彩華が距離を取ろうとするのを止め、積極的に美奈子に打ち合いを挑むようになった。ヒットアンドアウェイを仕掛け続ける美奈子が懐に飛び込もうとしたときにジャブやワンツーで出鼻を挫き、そのまま打ち合いに持ち込む。美奈子が離れても今度は追おうとせず、また美奈子が飛び込んでくるのを待つ。そして同じことを繰り返す。

 

「・・・・・・・ち」

彩華が戦法を変えたとみると、美奈子は舌打ちをし、今度は彩華の懐までに飛び込まずにぎりぎりの射程からフックやストレートで攻撃を仕掛ける。彩華に応じて美奈子も戦法を変える。それに応じて、彩華の遠距離からの打ち合いを仕掛けていく。そしてそのまま膠着状態になり・・・・・・。

 

「カーーーーーン!!」

2ラウンド終了のゴングが鳴った。

 

「はあ・・・・・・・あ~~、疲れた」

びっしょりと汗をかき、美由紀の差し出した椅子に腰かける美奈子。

綾乃は美奈子に飲み物を差し出し、タオルでバタバタと仰ぎ、美奈子の体温を下げさせようとする。第2ラウンドは序盤こそ美奈子が押していたものの、その後彩華が勢いを取り戻し、最後はお互いに一歩も譲らなかった。トータルで見るとおそらく互角だろう。

 

「あっちも疲れてたみたいだけど、このままの展開じゃこっちが持たないわよ」

2ラウンドで疲労させたとはいえ、第1ラウンド目にダウンを奪われ、続くラウンドは様子見なしで打ち合い、疲労が溜まってきている。第2ラウンド終了とは思えないほどだ。

 

「次のラウンドが勝負ね」

そういうと気合を入れるかのようにバンと両拳を合わせる。

「向こうもそう思ってるはずよ。次は小細工なしで勝負なさい」

OK

美由紀が上げた手にバンとグローブをぶつけると立ち上がり、リング中央に向かう。

 

「カーーーーン!」

 

3ラウンド開始のゴング。グローブを合わせると彩華が飛び出してくる。サイドステップで距離を取りながらジャブで牽制しようとするが、ジャブをもろともせずにそのまま美奈子の懐に飛び込み、右アッパーで顎を跳ね上げようとする。

 

「くう・・・・・・・のっ!!」

バックステップで彩華のアッパーをかわすと反撃の右ストレートを彩華の頬目掛けて放つ美奈子だが、こちらは彩華にガードされる。至近距離まで接近し、美奈子に打撃を加えていく彩華とそうはさせまいと距離を取りながら、おいすがる彩華を攻撃していく美奈子。二人の攻防に会場の歓声がどんどん大きくなる。そうした攻防が1分ほど続いたが・・・・。

「げふ!!!」

彩華の右フックが美奈子の脇腹をしたたかに抉る。

 

「ふぐうう!!!」

きゅっと左足を広げると、その場に止まってしまった美奈子の顎に左フックを叩き込む。彩華の左拳を受け、美奈子は横倒しにダウン。

 

「よし!!」

フックをクリーンヒットさせ、思わずガッツポーズをする彩華。一方の美奈子はマウスピースを弾き飛ばされ、横倒しに倒されたまままるで寝ているような状態だ。

 

「美奈子!!しっかりして!!立ちなさい!!」

「美奈子さんしっかり!!

美由紀と綾乃の声援に応えるかのようにぴくりと体を動かす美奈子。

 

「うう・・・・・・つ・・・・・・・・」

うめき声を上げながらも、なんとか意識を保っている。カウント5で体を起こし、足を震わせながら、カウント8でなんとか立ち上がり、構えを取る。

 

「はあ・・・・・く・・・・」

レフェリーのチェックを受ける美奈子だが、すこしよろけている。ダメージの深さはその体の動きからも明らかだ。このまま止められるかと思われたが・・・・・。

 

「ファイ!!」

美奈子がしっかりとレフェリーを見据え、はっきりと「やります」と答えるのを聞いて、続行を宣言する。しかし、美奈子のダメージは深い。

 

「くふう!!くう・・・・・」

再開早々、美奈子に猛然と迫り、ワンツーを叩き込む彩華。ガードを固め、なんとか耐えた美奈子だが、彩華は足の止まってしまった美奈子にストレート、フック、アッパーと雨あられと叩き込んでいく。彩華の猛攻に徐々にコーナーへと追い込まれていく美奈子。ガードを固めている美奈子はまだクリーンヒットを許していないが、それも時間の問題か。

 

「ふぐう!!!」

コーナーポストに追いつめられた美奈子のボディを抉る彩華のアッパー。ガードの隙間から美奈子の身体を串刺しにする。そこで今度こそとどめの一撃を放とうと大きく振りかぶる彩華。

 

「ふぐうううう!!!!」

大きな打撃音が会場中に響き渡る。良く見ると大きく拳を振りかぶっていた彩華の腕がだらんと垂れ下がり、ぼたぼたと涎を零し、美奈子に体重を預けるようにしてその場にがっくりと腰を落としている。彩華の鳩尾には美奈子の拳が深々とめり込んでいる。彩華が美奈子に止めを刺そうと右ストレートを放とうとした一瞬を狙って放たれた美奈子の右アッパーが深々と彩華に突き刺さったのだ。

 

思わぬ逆転劇に会場中が歓声を上げる。追撃を加えようとした美奈子にレフェリーが割って入り、ダウンを宣告。美奈子と言う支えを失った彩華はコーナーポストによりかかるようにしてダウン。よろけながらもニュートラルコーナーへ向かう美奈子。コーナーに着いた途端、顔をだらんと下げ、ぜえぜえと荒く息をつく。彩華を見ている余裕などない。

 

「6・・・・7・・・・・」

カウントが7まで数えられたところで、レフェリーがカウントを止める。思わず顔を上げる美奈子だが、視線の先ではレフェリーが両腕を交差し、続行不可能を宣言。

 

「いやったあ~~~~~!!!!」

どこにそんな力が残っていたのかと言うほどの力でその場にジャンプし、喜びを爆発させる。しかし、体力は限界だったようで、着地に失敗し、その場に腰を落としてしまう。一方の彩華は素早くタンカで運ばれていく。短いが、熱い試合の幕が落とされた。

 

試合から数日後の病院。

辛くも勝利した美奈子だが、勝ち名乗りを上げ、控室へと戻った後、念のため病院へと運ばれ、そのまま入院することになった。

 

「えと、こんにちは」

「・・・・・・・・」

美奈子の入院している病院に彩華と麻友が見舞いに訪れる。といっても全員同じ病院に入院しているので、階が違うだけだ。美奈子と試合した彩華はともかく、麻友も入院しているのは、同日の試合がかなりの接戦で検査が必要ということ。医療技術の進歩で、格闘技の怪我の回復は早くなった。よほど深刻なダメージを負わない限り、1週間もあれば次の試合も可能となっている。もちろん、そこまでハードなスケジュールをこなすこともまれだが。

 

美奈子の部屋を訪れた2人の表情は対照的。相変わらず、にこやかな彩華とむっつりとしている麻友。

 

「私と麻友ちゃんの部屋が同じだったんで、一緒にお誘いしたんです」

「私は行きたくなかったのに・・・・・」

「まあまあ、そんなこと言わないで」

入院している間にすっかり仲良くなった二人。すねる麻友を宥める彩華。そのまま美奈子を屋上に強引に連れ出す。不承不承の美奈子、麻友と話したいということはないし、彩華には特に良い感情を持っている訳ではない。

 

「わざわざお見舞いなんて良いのに」

「入院する病院が同じなのに見舞わないって変ですから」

「そうかな」

「それに美奈子さんともう一度話したかったので」

「何を?」

「色々です。沙耶華先輩のこととか、ボクシングのこととか」

「なんで?」

きょとんとする美奈子。

 

「えと、麻友ちゃんに聞きました。私が、美奈子さんを嫌いなんじゃないかって。」

「・・・・・余計なことを」

思わず麻友を睨み付ける美奈子。麻友は、あっかんベーをしている。

 

「私、別に美奈子さんが嫌いじゃないです。沙耶華さんを尊敬してますけど、美奈子さんも尊敬してますし、私が挑戦しなかったら美奈子さんか、麻友ちゃんに挑戦してほしいなって思ってたから。」

「え?」

「それに。美奈子さんに勝って欲しかったっていうのは、私がチャンピオンになりたかったってだけじゃなくて、あ、もちろんそれもありますけど、同じ世代の選手が沙耶華さんを乗り越えるって、なんか自分のことみたいで。応援したくなっちゃっただけなんで。なんだか複雑ですけど。」

「あ、そ、そうなんだ・・・・・」

自分の勘違いに顔を赤くする美奈子。

 

「私、ずっと美奈子さんと麻友ちゃんとお話してみたかったんです。ボクサー同士慣れあうのはいけないって言う人も居ますけど、それはそれ、これはこれで、私たちもプロだから手を抜くことはないし」

「まね、私は美奈子をぼこぼこにする自信はある」

「・・・・・・出来もしないくせに。私に接近も出来ないじゃないの」

「なら、なんで美奈子は、彩華にぼこぼこにされたんですか?」

「あれは作戦よ。彩華がインファイトを仕掛けてくるなって思ったから、インファイトに応じて、頃合いを見てカウンターっていうか」

「何言ってるんだか。本当は彩華を突き放したくても離せなかっただけじゃないの?」

「う、そ、それは・・・・」

「しかもアウトボクシングを仕掛けようにも足に来ちゃって距離を取れないって格好悪い。」

「う・・・・・・、うるさい」

麻友に責められっ放しの美奈子。ファイトスタイルと異なり、麻友は事前の戦略や他人の試合の分析には余念がない。美奈子に理屈っぽいと言われる所以だ。他方、美奈子は感覚で動くことが多く、天才肌と言われる。それを見た麻友には、頭が悪いと言われている。こうした場面で、美奈子が麻友に勝つということはほとんどない。調子に乗った麻友の分析がさらに続く。

 

 

「それに、最初のラウンドのあれは何。固まっちゃって、あんたデビュー戦?」

「だ、だって、この前負けたばっかりだし。そう思ったら緊張しちゃって」

「アウトボクサーのくせに殴られ過ぎじゃないの?彩華の方が痣が少ないじゃない。まぐれで勝ったとしか思えないわね」

「そ、それは・・・・・ってなんであんたにそこまで言われなくちゃいけないのよ!!」

麻友の分析に言い返すことも出来ない美奈子だったが、つい逆ギレする。

 

「客観的な評価をしただけですけど?」

「何が客観的な評価よ。人の悪口ばっかり言って」

「人を性格の悪い人間みたいに言わないでよね。それなら彩華に聞けば良いじゃない」

そういうとそれまで黙っていた彩華に話を振る。

 

「え?えと・・・・・・」

突然矛先が自分に向き、慌てる彩華。心なしか先程よりも出口に近づいている。逃げるつもりだったようだ。

 

「良いわよ!!彩華、あんたはどう思ってんのよ!!」

ずんずん彩華に詰め寄る美奈子。

 

「え・・・・と、その、たしかに最初のラウンドは固いなって思ってたし、最後のラウンドは美奈子ちゃんの足も封じてこっちの思い通りの展開になったなって思ったけど、まさかあそこでカウンターで来るとは思ってなかった、ってあ・・・・」

口に手を当て、しまったというように口を噤む。

 

「ふふふ、そっか、そうなんだ・・・・・・あんたもそう思ってたんだ」

「ち、違うよ、美奈ちゃん。最後に負けたのは私なんだし」

「頭に来た!!彩華!!次はあんたを対戦相手に指名してやる!!今度はこてんぱんにやっつけてやるから覚悟してなさいよね!!」

「え!?そ、そんな無茶苦茶・・・・」

「今度は返り討ちにされちゃうんじゃないの?」

「うるさい!!彩華の次は麻友なんだからね!!」

「だから出来ないって言ってるじゃない」

「出来る!!」

「出来ない!!」

「出来る!!」

「もうやめて下さい!!」

屋上でとりとめのない話をつづける三人。試合を経て、美奈子には新しい友人が出来た。

Selfish Girl

  「ぶへえっ!!」

 

 

 相手の右フックを受け聞き苦しい悲鳴を上げながら、タコのように醜く口をゆがめているやや茶色が混じった髪をポニーテールに結っている少女。拳を彼女の顔にめり込ませている黒髪を同じくポニーテールに結っているボクサーは相沢沙耶華。そして、無様な姿を観客にさらしている少女は私と同じジムで私の教え子の星野美奈子。

 

                        

 数回タイトルを防衛し、18のデビューからの4年間、1度も負けたことのない無敗の女王沙耶華と、デビューしてから1度も負けたことのない天才美奈子の対決は、発表された頃から注目を集め、好勝負が期待されていた。とはいえ、美奈子は負けたことはないとはいえ、まだ駆け出しの日本ランカー。一方の沙耶華は世界ランキング上位にランク入りし、年内には世界王者になるだろうと予想されている実力者だ。本来なら試合はまだ先の話だっただろう。しかし、話題性を求めるジムとマスコミの利害が一致し、試合が成立した。

 

そして、期待されていた通り、美奈子は沙耶華と互角の戦いを繰り広げていたが、それは1ラウンドだけのことだった。第2ラウンドに入ると一方的に押され始め、第3ラウンドで早くも沙耶華のパンチをただ浴びるだけのサンドバックになってしまっている。

 

 

  しかし、美奈子のセコンドについている私や同じジムの人たちから見れば、この展開は予想されていたようなものだった。

昔から美奈子にはスタミナが足りないと言われていたからだ。

しかし、基礎体力の強化という課題がトレーナーの私から出されていても、美奈子はそんなものは無視し続けてきた。

そんなことを言っていても最終的には美奈子が勝ってしまうから、「基礎体力の強化などしなくても勝てるわよ」とさえ言われてしまえば、言い返しようがないのだ。

 

 

 美奈子のファイトスタイルはアウトボクシングで、相手のパンチを避け、逆にこちらから相手にカウンターパンチを叩き込んでいくというものだ。

美奈子が天才といわれるのは、教えれば何でもすぐに会得してしまう運動神経の良さと、相手のパンチを自分にかすらせないところから来ている、勘が鋭いというのだろうか。

 

  しかし、美奈子は天才であって努力家ではない。練習をサボることなどしょっちゅうだし、トレーナーの言うことなど聞こうともしない。

「実績を上げているのだから良いじゃない?」と気が強くワガママな美奈子に言われてしまうと何も言い返せないのだ。

  

 

  実際、その言葉どおり美奈子は8戦8勝5KOと申し分のない結果を残していた。

私がスタミナ不足を口にするたび、美奈子は否定していたけど、実際、美奈子の試合は全て3ラウンド以内に決着がついていた。そして試合が終わると死にそうなほどにふらふらになっていたのだ。つまり、3ラウンドが体力の限界なのだ。

おまけに沙耶華のようなトップボクサー相手だと、スタミナの消耗が激しいのは言うまでもない。実際、2ラウンドでスタミナ切れを起し、動きが鈍くなっていった。

 

 

 今、サンドバックになっているのは、練習をサボっていた自分のせい、自業自得と言いきれるわけではない。経験不足に加えて、弱点も抱えたままの美奈子をチャンピオンと戦わせた私にも責任がある。などと、リング上で体を丸めながらガードを固めている美奈子の痛々しい姿を見て、後悔しているうちに3ラウンド終了のゴングがなった。

 

 

 私が椅子を出すと、ダメージで力の加減が出来ないのかドスンと腰を落とした。持ち前の勘の鋭さから急所にもらうことはなかったが、それでも美奈子のダメージは相当なものだ。肩で息をし、顔や腹にはところどころに紫に変色した痣がある。

                    

「・・・・・・・・」

 

肩で息をしている美奈子を暗い表情で見下ろしながら、セコンドとして美奈子に水を飲ませたりしていたが・・・・・。

 

  「・・・・・・・・・・あ・・・・ない・よ・・・・・・」

 

 俯きながら、息をついていた美奈子がぼそぼそと何かを言った。喋ることもやっとな状態のようだ。私は美奈子の言葉を聞き取ろうとしゃがんで、美奈子の顔を見上げる

 

  「あんた・・・・・・・・・バカじゃないの・・・・・・・・・・・何、暗い顔してるのよ」

 

 私は言い返す言葉もなく、また美奈子を直視することも出来なかった

 

・・・・・・・・・・あんた、セコンドでしょう?・・・・・・・・・沙耶華を倒す方法を考えなさいよ」

 

美奈子に言われ、思わず美奈子の顔を見上げてしまった

 

 「・・・・・・・言っとくけど・・・・私、諦めたつもりはないんだからね・・・・・沙耶華をぶちのめして・・・・・・・・・・・・いつも澄ました顔をした奴が悔しがる姿を見て笑ってやるんだから・・・・・」

          

いつもなら「そんなことを言ってないでもっと真剣にやりなさい」と叱るところだが、今回は美奈子らしい台詞だなと思いなぜか安心させられてしまった。そして、自分が逃げ腰になっているのが恥ずかしくなってきた。

 

 「・・・・・・・早く指示を出してよ・・・・・・それと、私疲れて喋りたくないんだけど・・・・・」

「ごめんなさい・・・・・・・」

 

思わず美奈子に謝ってしまった。美奈子はこちらを見上げ、呆れた顔をしている。自分でも呆れてしまいそうだった。思い返せば、今まで、美奈子に謝ることばかり考えていて、沙耶華をどう倒すかなどということは考えていなかった。何をしていたんだろうとまたも自分のことが恥ずかしくなり、頭をかいて沙耶華をどう倒すかを考えた。後20秒ほどしか残っていない。早く考えないと・・・・・

 

 

  「・・・・・・まずはガードに徹すること、・・・・・・・・・そしてチャンスを見計らって、1発クロスカウンターを急所めがけて打ち込むのよ。まずは時間を稼がないと。良いわね・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・無茶苦茶な注文ね、今まで散々耐えてきたのに・・・・・・・」

 

   「無理なの?」

 

美奈子の目を見て薄い笑みを浮かべながら、挑発するように言った

 

 「私を誰だと思ってるのよ。このラウンドでひっくり返して見せるわ」

 

相手ボクサーに挑発されても逆に挑発し返すほど試合中は冷静な美奈子だったが、私にこう言われると必ずむきになるのだ

しかし、これは試合中だけのことで、トレーニングのときには通じない

トレーニングのときも簡単に挑発にのってくれればやりやすいんだけど・・・・・・

 

                      

 

第4ラウンド開始のゴングが鳴り、美奈子は立ち上がった。

 

1発でも多くパンチを打つために美奈子は自分のコーナーからガードを固め、動かないようにしている

 

自分のコーナーを出た沙耶華が美奈子の様子を伺いながら注意深く近づいてくる。例え相手の体力が残り少なくても、沙耶華は決して手を抜くことなどしない。こういうときくらいは手を抜いてくれてもいいのに、と理不尽な思いを抱く・・・・・・・・

 

私は恨めしそうに沙耶華を睨んでいたが、その様子に気づくこともなく沙耶華は美奈子の顔面にジャブを放つ。

それに続けて、何発もパンチを放っていくが、その全てがことごとく美奈子にガードされるか、避けられている。いくら体力がつきかけているとは言っても勘だけは冴えているようだ。これならいける・・・・・・・

 

「ぐへえっ!・・・・・あう・・・・うう・・・」

 

私が安心したのもつかの間。単調に顔面だけを狙って打っていた沙耶華の拳が美奈子の腹へ深々とめり込んでいた。美奈子は体をくの字に曲げ、口からはマウスピースがはみ出した。そして無防備になり、苦痛に歪んでいる美奈子の顔面が沙耶華の左右フックによってさらにさらに醜く歪み、はみ出していたマウスピースがリングへと落ちた

 

「ぐはっ!・・・・・・ぶっ!・・・・・うべえっ!!」

 

開始30秒で早くも沙耶華のパンチに捕まってしまった美奈子。沙耶華のパンチを顔や腹に食らい、糸の切れたマリオネットのように体をがくがくと揺らし、口からは涎や血が吐き散らす。もう、ガードすらも出来ない絶望的な状態だった。

 

「ぐえっ! ああ・・・・・」

 

振りかぶった沙耶華の拳によって美奈子の腹が抉られる。一瞬、つま先がマットから離れるほどの強烈なものだ。口に溜まった唾液を一気に噴き出し、堪らず左手で腹を押さえている。

 

「ぶへえっ!!」

 

苦悶の表情で苦しんでいる美奈子の顔面が沙耶華のアッパーによってさらに醜く歪んだ。くの字に曲がっていた美奈子の体がアッパーによってぐにゃりとえびぞる。そのまま美奈子は顔からマットへと倒れた。

 

美奈子の倒れていく様子を私は呆然として見つめていた。こんな光景を見るのは初めてのことだ。しばらく言葉を失い、美奈子が倒れているのを見つめていたが、美奈子がカウント5で立ち上がろうとしているのを見て我に返った

 

「美奈子、立って。沙耶華の悔しがる姿を見たいんでしょう?」

 

美奈子はロープにしがみつくようにして立ち上がった。けれど、もう体力の限界を超えているというのは、構えを取ってはいるが、酔っ払いのように足元も定まらずふらふらになっている様子から見て明らかだった。

 

ふらふらになっている美奈子に沙耶華が迫ってくる。そして腰を大きく引いて、美奈子の顔面めがけて右ストレートを放った。私はもう駄目だと思って、思わず目を閉じてしまった。

 

「ぶへえっ!!」

 

私が目を開けてみると、そこには信じられない光景が広がっていた。なんと美奈子の拳が沙耶華の顔面に突き刺さっていたのだ。見事なクロスカウンターの状態で、沙耶華の顔はひしゃげ、口からはマウスピースがこぼれそうになっていた。このチャンスを逃すまいと体力が尽きているにもかかわらず美奈子が前へ出て行く。沙耶華の顔を目掛けて、パンチを繰り出していった。

 

「ぐっ!ぐぶっ!」

 

沙耶華はガードを固め、態勢を立て直そうとしていたが、美奈子のパンチが沙耶華のガードを潜り抜け、顔面に命中した。沙耶華の頭が左右に揺らされ、後へ下がる。美奈子は完全にリズムに乗っているようだ。おそらく、体力はもう尽き、気力だけで打っているのだろう。

 

ガードを固めていた沙耶華が美奈子に向けて拳を繰り出す。美奈子の顔面に命中し、美奈子の頭を揺らしたが、美奈子は構わず、沙耶華の顔面目掛け、拳を繰り出す。美奈子と沙耶華の打ち合いが始まった。美奈子と沙耶華、双方ともガードなしでひたすら打ち合っていた。沙耶華と打ち合う美奈子の姿は、体力が尽きているとはとても思えないものだった。沙耶華をダウンさせるとはいかなくてもこのラウンドさえ乗り切ってくれれば・・・・・・・

 

「ぶへえっ!!ぐえっ・・・・・・・・」

 

私がそんな微かな望みを抱いたとき、突然美奈子の動きが止まった。美奈子の鳩尾に沙耶華の拳が深々とめり込んでいる。マウスピースがマットへとこぼれ落ち、美奈子の顔は苦痛に歪み口からは涎を垂れ流している。沙耶華が腹へと放った一撃は美奈子の気力さえも奪い取ってしまったようだった。美奈子は腹を両手で押さえるようにしてマットへと崩れ落ちていった。マットに倒れている美奈子は体を丸め、苦痛に耐えているのがやっとという有様だ。マットには美奈子の涎で水溜りが出来ている。もはや、美奈子は立ち上がることは出来なかった。

 

美奈子がマットに倒れこんだままの状態で試合終了のゴングが高らかに鳴り響く。

4ラウンド1分58秒KO負け、それが美奈子の初敗北の記録だった。

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