(仮)の部屋

自作小説を置いている場所です。

ようやく本編再開です。

外伝の編集後記でも言いましたけど、この作品を再開することになったのは、マガジンポケットで連載されている阿部怜先生の「マグナムリリィ」のおかげです。興味を持ってくれた方は読んでみて下さい。
https://pocket.shonenmagazine.com/episode/13932016480029189267

新キャラ、アメリアはもちろんウィンディさん、麻友もアズサさんに寄せて書き直しました。
オリジナル(去年更新したもの)を見た人は、麻友の髪型が変わっているのに気付くかもです。
最初、茶髪のセミロングでした。

ほとんど登場しませんが、麻友がここまでメインを張ることになったのは、やっぱりアズサさんのおかげです。それくらい登場シーン(第2話)が良かったんですよ。溢れるアズサ愛ならなんでも語れるんですけど、それを語ると日が暮れるので。

じゃあ、麻友は負けるのかというと、そこはお楽しみにということに。
イメージレスポンスと言いながら、麻友の性格もほとんど変わってません。外伝の方は、去年執筆した作品ですが、若干校正を入れただけであんまり変えてなかったりします。

でも、麻友をメインということや、アメリアについては全く考えてなかったので、そこは「マグナムリリィ」パワーです。元々、外国人登場ということは考えていたのですが、あくまで対戦相手(こういうのもモブキャラですかね)で、一回限りの登場にしようと思ってました。日本にやってきて、美奈子と一緒にトレーニングというのは想定外です。これはウィンディ姉さんの魅力ですね。うちのアメリアや麻友がウィンディ姉さんやアズサさんと同じ程度に格好良く感じて頂けるかは、こっちの力量です。

ちなみにアメリアの名前ですが、その時、Netflixのドクター・フーにはまってたので、ヒロインのアメリアから頂きました。

まだ試合シーンはスパーリング場面しかないので、そこを期待された方には申し訳ありません。毎回、スパーリングも含みますが、試合シーンは毎回入れてく予定です。じゃあ、次回は試合シーンがあるのかというと、あるにはあるのですが・・・・・。という感じです。それではまた(逃)

1話 屈辱からの復活

 

 ジムに入ると周りの視線を感じる。視線を感じるのはいつものこととは言え、今回は少し違う。皆の視線には美奈子への同情や哀れみが感じられる。それはそうだろう。先の試合で完敗を喫してしまった。もし、他のジム生が同じようなことをしたら、自分も同じように接してしまうだろう。だが、気分は良いものではない。

 トレーニングスペースを抜けて、事務室に入ると、皆が一斉にこちらを振り向いた。ジムの社長が美奈子に近寄り、

「もう体の具合は平気か?」

と声をかけてくる。

「はい。体の痛みは残っているんですが、大丈夫です。ただ、お医者さんは練習はまだ出来ないって言ってるので・・・・・」

「そうか。場所を変えるか・・・・・・」

「・・・・・・・えと」

なんだか訳が分からないまま、応接室へと通される。

 

「なんですか?」

椅子をすすめられ、腰を落とすと間髪入れずに社長に尋ねる。

「何って。・・・・・・その・・・・」

「??」

「お前、これからどうする?」

「はあ?」

「だから、ボクシング・・・・・」

「続けますけど・・・・・」

「お前もな、今までが順調に行き過ぎたんだよ。だから、落ち込むのは分かる」

「別に落ち込んでないですけど」

「だよな。でもな、一度負けたからって止めるっていうのは」

「だから続けるって言ってますけど」

「いや、そうはいってもまだやり残したこととか」

「あの!!」

噛み合わない会話を続けていた二人だが、ついに痺れを切らした美奈子が大声を上げて立ち上がる。

「な、なんだいきなり。」

「だから続けるって言ってるじゃないですか!!引退しません!!」

「あ、そ、そうか・・・・てっきり・・・」

どうやらこの社長は美奈子が引退すると思っていたらしい。それで引き留める台詞を丸覚えし、美奈子の言葉を聞かずにとうとうと述べていたようだ。美奈子は思わず、(こんなので説得されるやついないわよ)と心の中だけで思った。

 

「それじゃあ、そういうことで」

凄くバカバカしくなった美奈子はまだ何か言いたい様子の社長を置いて、応接室を出た。

 

「あ、何の話だったの?」

「なんか、私が引退するって思ってたみたい。説得された。」

応接室を出ると丁度事務所に居た美由紀に呼び止められる。いきさつを聞くと美由紀は顔をしかめ・・・。

 

「引退する気なの?・・・・」

「する訳ない。」

「ふう・・・・・あの人はそそっかしいというか。」

「だよね」

そういってお互いに笑みを浮かべる。

 

「今日は?」

「ちょっと顔出しただけ。あと数日は、練習はダメって言われてるから。」

「そ、じゃあ来週。」

「あ、うん・・・・・」

あっさりと美由紀に言われ、半ば追い出されるようにしてジムを後にする。そして、翌週。

 

「ちは~~~」

先週同様、ジムに入っていく美奈子。

またもジム生の視線を集めているが、特に気にすることなく更衣室に入っていく。

「あ、美奈子さん。お久しぶりです!!」

更衣室に入るとそこには茶色の髪をツインテールに結った少女が着替えの最中だった。

「綾乃。お久~~」

彼女は楠木綾乃、日本ライトフライ級14位で美奈子の後輩にあたる。愛らしい容貌とは異なり、インファイトを得意とするボクサーだ。

「美奈子さん、今日から復帰ですか?」

「ま、ね~~。」

「いない間大変だったんですよ。美由紀さんが社長を怒鳴りつけたりして、何があったか知ってますか?」

「ん~~~、あのことかな」

「え~~、教えて下さいよ~~。」

「だ~~め。恥ずかしいし」

「ケチですね。あ、そだ。美由紀さんが美奈子さんが来たら事務室に顔を出してくれって言ってましたよ。次の試合の打ち合わせをしたいみたいで。」

「あ~~、次の試合ね」

「でも、この前試合をやってから直ぐなのに申し合いが決まってるって凄いですね」

「ん~~、前の試合の時にもう決まってたから。バーターって奴?」

「バーター?」

「そう。チャンピオンにノンタイトルで試合をさせる代わりに、同じジムの下位ランカーと試合して欲しいだったかな」

「そうだったんだ~~。良いな~~。」

「なんで?」

「へ?だって、試合二つ決まってるってことじゃないですか。」

「でも下位ランカーよ。ランキング変わらないのよ」

「でも、試合出来るんですよ」

「ランキング一つでも上にあげる方が良くない?」

「え~~~?試合を多くする方が良いですよ。」

「ふ~~ん、そういうもんかな・・・・・・」

「そうですよ」

「まあ、いっか。それじゃあ、事務室行ってくる。戻ってきたらスパーね。」

「は~~い、ラジャで~~す」

美奈子は納得がいったようないかないような顔をして事務室に入っていく。

 

「あ、来たわね。体の具合は大丈夫?」

「ん~~、なんとなく?」

「なんとなく?」

「休んだの初めてだから、感覚が分かんなくて」

「なるほどね。お医者さんのOKは出てるみたいだけど、念のため帰りに寄ってきなさいね。予約しとくから」

「え~~、めんどい。」

「行きなさい。」

「はいはい」

意外と素直に聞く美奈子。いつもならばもっとごねるところだが。

「それじゃあ、本題。これが次の相手よ。」

「たしかランキングが私よりちょい下だっけ?」

「そ、渡瀬彩華ランキング10位、16歳。」

「同い年か。なんだかおとなしそうね。ボクサーって感じじゃないな」

資料に添付されていた写真を見ながら呟く。写真には構えを取っている長い黒髪をポニーテールに結った少女が写っている。

「甘く見ちゃだめよ。7615KO

KO勝ちが多いんだ」

「ファイトスタイルはサウスポーでアウトボクシングもインファイトもこなすオールラウンドファイターね。」

「ふ~~ん。下位っていうからどんだけ弱いのかと思ってたけど、そこそこみたい」

「当たり前でしょ。沙耶華を餌にして、美奈子を釣り上げるんだから勝てそうな相手じゃないと」

「私は魚じゃないっての・・・・」

「分かってる。それに簡単にはつらせてあげないんでしょ?」

「もち。この前のリベンジってことで同じジムの奴を血祭りにあげないと」

「よし。じゃあ、今回のメニュー、前の試合でスタミナが大事ってことが分かったと思うから、まずはスタミナ強化ってことでロードワークから始めるわよ」

資料に目を通していた美由紀だが、美奈子の表情を探るようにちらりと見る。美奈子はロードワークのような地味なトレーニングが大嫌いだからだ。いつもならばごねるところだが・・・・・。

「ふ~~ん、了解」

「え?」

「じゃ、早速行ってくるわ。」

「ちょ、待って。」

「何?」

「あ・・・・その、えと今日は復帰一日目だってことを忘れないでね」

「了解」

と、いうと事務所を出ていこうとするが。

「まだ!!」

「何よ!!」

「話は終わってないの!!」

というと彩華戦までのトレーニングメニューを伝える。大まかに言えば走り込み中心。復帰してからの数日は走り込みをしながら、回復具合を見ていく。調子が戻ってからは、走り込みに加え、彩華戦を想定しての実戦スパーリングや対策を整えるというものだ。

「了解、了解。」

軽い感じで事務室を後にすると。

「それじゃあ。綾乃!!走り込み行くよ!!」

「え!!走り込みですか!?めずらしい・・・・・ってか、ウォームアップしちゃいましたよ~~」

「予定変更!!」

「美奈子さんに走り込み誘われるなんて雪じゃないですよね」

「ほら、無駄口叩いてないで、さっさとついてくる!!」

「あ、待ってください!!」

事務室に届く声で美奈子と綾乃のやり取りが聞こえる。沙耶華戦で発奮した様子。

 

 

「美奈子!!」

計量当日。計量場所に向かおうとする美奈子を呼び止める。嫌な予感がして、少し顔をしかめながら振り返ると、そこには黒髪をショートカットにした少女が立っている。

 

「麻友・・・・・・・・」

嫌な顔をする美奈子。高橋麻友、美奈子と同じ年、同じ階級のランキング9位。公式戦での対戦はないが、美奈子のライバルと目されている少女だ。しかも美奈子とは犬猿の仲。

 

「この間の試合見たわよ。」

嫌な相手に会ったと、そのまま通り過ぎようとした美奈子だが、麻友が言葉をかける。

「あ、そ。」

「あそこまで完璧にやられるなんてね。」

「・・・・・・・」

「スタミナ途中で切れたでしょ」

「・・・・・・・」

「最後ボディでダウンって、もっとお腹鍛えた方が良いんじゃないの?」

「自分だって吐いたくせに」

図星なので、言い返すことも出来ずむっとしながら聞いていた美奈子。麻友の放ったひとことにはきちんと突っ込みを入れる。

 

「・・・・・何か言った?」

「ううん、別に。前に私のアッパーで吐いた誰かさんのこと思い出しただけ」

「・・・・・昔の話をグチグチ・・・・」

「あんたこそ、自分の試合でもないのに得意になって・・・・」

通路の真ん中で互いに睨み合ったまま動こうとしない。そこに・・・・。

 

「あの~~、すいません」

「「なに!!」」

「あの、えと通るんですけど・・・・・」

「「あ、ごめんなさい・・・・・」」

「いえ・・・・・」

黒髪を肩まで垂らし、カチューシャで真ん中をかきあげている少女が二人に声をかけ、道を開けさせる。素直に頭を下げる二人だが、麻友は恥ずかしさで顔を真っ赤にし、美奈子の方は剣呑な表情を崩していない。心なしか、先程よりも殺気が増している。

 

「星野美奈子さんと高橋麻友さんですよね。私、渡瀬彩華です」

「あ、今度の美奈子の試合の」

「はい。宜しくお願いしますね。」

ぺこりと美奈子に頭を下げる彩華。美奈子は知っていたのか、にこやかに微笑む彩華にも表情を崩そうとしない。

「・・・・・こちらこそよろしく」

「・・・・・私、沙耶華さんとの試合の時、セコンドに居たんです。」

「それで?・・・・・・・・」

「私にとって、沙耶華さんは憧れてる人なんです。憧れてる人だから、一度はリングで追い抜いてみたいんですよね。でも、私は同じジムだから試合は出来ない。だから、ちょっぴり美奈子さんに勝って欲しかったんです。沙耶華さんに勝った美奈子さんに勝ったら、私の方が沙耶華さんに追いついたって言えますから。でもそんな虫の良いことはないですよね、やっぱり沙耶華さんには自分で追いついたって言わないと」

にこやかに微笑を浮かべながらいう彩華。表情とは裏腹に目は笑っていない。沙耶華と美奈子の試合が決まった時に交換条件として、彩華と美奈子の試合は決まっていた。沙耶華に勝とうが負けようが、あなたには負けないというのを言外に示している。

 

「沙耶華さんにはまだ及びませんが、覚悟しておいてくださいね。リングに沈んでもらいますから」

にこやかに言うと、またぺこりと頭を下げ、その場を後にする彩華。

 

「言いたい放題言ってくれるじゃない。・・・・・・感じは良いけど。見かけによらず、好戦的ね。」

にこやかに宣戦布告をして去っていく彩華の背中を見ながら、呆れたように言う麻友。

 

「それにしてもなんで黙ってたの?いつもなら何か言い返すじゃない」

「う~~ん、別に。多分だけど、怒らせた理由も分かるし。」

「怒らせた理由?」

「憧れの人を倒すのは彼女なのに、私みたいなのが突っかかっていったのが面白くなかったんでしょ?」

「あ~~、なるほどね。そりゃむかつくわ」

「あんたに言われたくないんですけど」

そして通路でまたも喧嘩を始める二人。それを見た彩華は。

「あの~~、計量の時間ですけど」

「「・・・・・・・・・・・・・・」」

2人に声をかけ、喧嘩を止める。美奈子にとっては最初からペースを握られている格好だ。

 

試合当日。控室

「ちょっと!!美奈子!!」

「え?なに?」

「話聞いてる?」

「あ、うん、聞いてる」

シャドーをしながらウォームアップをする美奈子。

ややというよりもかなり動きが硬い。

心配そうになり、声をかける美由紀だが、美由紀が声をかけてもシャドーを止めようとせず、何度か大声を出してやっと止めさせる。しかし、どこか上の空で美由紀に対する。

 

「カーーーーーン!!」

ゴングが鳴り、グローブを合わせるとそのままさっと離れる両者。まずは様子見から始まるかと思われたが・・・・・。

 

「くう・・・・・・・・・・」

彩華は様子見などせずに美奈子の接近するとワンツーから、右アッパーを放っていく。ガードする美奈子。そのままバックステップで距離を取ろうとするが。

「つ・・・・くふ!!」

あっという間に彩華に追いつかれ、脇腹への左フックから右アッパーを受ける。こちらもガードするが、序盤から防戦一方。

 

「美奈子さん!!直線じゃダメです!!回り込んで!!」

セコンドについている綾乃が声を上げるが、美奈子はバックステップで距離を取ろうとするだけ、なんとか体の動きで彩華の攻撃をかわすが、徐々に被弾が多くなっていく。

 

「・・・・・・・完全にあがってる。」

「あがってるって・・・・・・緊張してるってことですか?」

苦い表情で呟く美由紀。綾乃はそれを不思議な顔をして聞き返す。

「プレッシャーでいつもの動きが出来てない。」

「プレッシャーってあの美奈子さんですよ。」

「負けたのは初めて。復帰戦は精神的にきついものがあるわ。多分、私たちの声も聞こえてない」

「そんな・・・・・・・・・」

「きつい一発をお見舞いされれば目を覚ますわよ。」

「そんな他人事みたいに」

美由紀は悪いトレーナーではない。相手を分析し、緻密な計算の下、トレーニングメニューや戦術を考えて、選手を勝利に導くことには定評がある。しかし、計算が崩れるともろい所も見せる。今回もそんな悪い所が出たのかと綾乃は思ったが、一方の美由紀は涼しい顔で試合を見ている。

 

「大丈夫。緊張してるっていっても、頭がついていかないだけ。美奈子の反射神経はいつも通り。よほどのことがない限り。一発KOなんてならないわ」

「だと良いですけど・・・・・」

楽観的な美由紀と異なり、綾乃はリング上で追いつめられる美奈子をはらはらしながら見つめている。たしかに美奈子は彩華につかまりながらも、ウィ-ビングやダッキングといった技術を駆使しながら、彩華の攻撃を避けていく。しかし、彩華もそのままですませる相手ではない。首から上への攻撃はかわされると分かると、今度は上半身への攻撃に集中させる。そして・・・・・。

 

「げふうう・・・・・・・・」

若干振りかぶった格好の左アッパーをもろに腹に受けてしまう美奈子。口から大量の涎を吐き出す。ここで終わらせまいとフォローの右フックを美奈子の顎めがけて放つ彩華だが、その前に美奈子はその場に蹲るようにしてダウン。1R目にしてダウンを奪った彩華に会場中が沸き立ち、賛辞を贈る。

 

「ふう・・・・・・・・・・・・・」

ダウンを宣告されると踵を返し、コーナーへと向かう。右フックで致命的なダメージを与えておきたかった彩華。コーナーポストに体を預けながら、深呼吸して沸き立っている観客とは裏腹に顔をしかめている。

 

「ううう・・・・・・・・けふ・・・・・くう・・・・」

ダウンを奪われた美奈子。涎が口の端からぽたぽたとリングに落ちる。KOに至るほどではないが、ダメージを負ったことには変わりない。

 

「くそ・・・・・なにやってんのよ・・・・・・・・・」

ダウンを奪われたこともそうだが、ここまでふがいない自分に腹を立てている。深呼吸しながらカウント8まで体力の回復に努めると立ち上がる。

 

「カーーーーーン」

 

ゴングが鳴るとコーナーポストから飛び出し、美奈子に猛然と向かってくる彩華。チャンスを逃すまいということだが・・・・・。

 

「くう、うう・・・・・・・」

美奈子の射程に入った途端、ジャブの連打を浴びてしまう。いったん体勢を立て直そうとバックステップで下がるが・・・・

 

「ぐう!!つ・・・・・・・」

下がろうとする彩華に追いすがり、接近すると左右のストレートを放ってくる。このままペースを握られまいと彩華からも左右のストレートを放ち、打ち合いに応じようとするが美奈子は彩華の反撃をかわし、右ステップで距離を取る。先程までとは打って変わったスムーズな動きだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

このまま主導権を握ろうとした彩華だが、美奈子の動きが前よりも良くなったのを見て、うかつに手を出せない。第1Rは美奈子がダウンを奪われたが、その後態勢を立て直し、膠着状態のまま第1Rを終えた。

 

「はあ・・・・はあ・・・・」

「目覚めた?」

1Rだというのに荒く息をつく美奈子。開始早々から彩華に主導権を握られ、ダウンまで奪われた。その後持ち直したとはいえ、このラウンドは彩華にポイントが入っただろう。

 

「目覚めたって?」

「今度は聞こえてるわね。それに思ったよりダメージはない。よしよし」

「何喜んでるのよ・・・・・」

すっかり調子を取り戻した美奈子を満足げに見つめる美由紀、そしてそれを見ていた綾乃は美由紀の言うとおりになったことを驚いていた。

 

「まあ、良い。次のラウンドはこっちの土俵に引き摺り込んでやる!!」

これまでやられ続け、ストレスもかなり溜まっている。ここまでの借りを返そうというところだが。

 

「ダメよ」

美由紀はあっさりと却下する。

 

「なんでよ!!」

「相手だってバカじゃないのよ。美奈子の調子が戻ったことは分かってるはず。今までと同じ攻め方はしない。今度は距離を取りながら慎重に攻めてくるはずよ。」

「遠距離からの打ち合いだったら負けるはずないじゃない。望むところ・・・・」

「今度は美奈子から飛び込みなさい。」

「はあ!?」

素っ頓狂な声を上げる美奈子。聞いていた綾乃も驚きのあまりぽかんと口を開く。

 

「なんで相手の土俵に乗らないといけないのよ」

「良い?さっきのラウンドで美奈子が被弾した分だけ、こっちの体力を消耗してるの。遠距離からの打ち合いで足を使われたらその分、こっちが不利じゃない。まずは均衡を戻すことが先決。ヒットアンドアウェイの要領で飛び込んでは離れ、飛び込んでは離れしなさい。ただし、相手が飛び込んで来たらその時は打ち合いに応じて、頃合いを見計らって離れる。存分に引っ掻き回してやりなさい。」

淡々と戦法を教示する美由紀を真剣な表情で見つめながら頷く美奈子。そうこうしているうちにインターバルの時間は過ぎ・・・・。

 

「カ―――――ン!!」

2ラウンド開始のゴングが鳴った。

 

美由紀が言ったとおり、彩華は第1ラウンドと違い、飛び込んでこずに様子見をうかがう構えを見せている。一方、美奈子はゴングと同時に彩華の懐に飛び込み、左右のフックを放っていく。

 

「え!?くう・・・・・・つ・・・・・く・・・・」

一瞬面くらった彩華、かろうじて美奈子の攻撃をガードする。そして、反撃のワンツーを放つが、右にサイドステップした美奈子に交わされる。サイドステップしながらも右に動いた美奈子はジャブで彩華の出鼻を挫いていく。

 

「美由紀さんの言った通りですね。」

「今のところはね・・・・・」

感心している綾乃とは異なり、美由紀は渋い表情だ。リング上では美奈子の動きに彩華が翻弄されている。彩華が距離を取ろうとすると、美奈子はそれに追い縋り、果敢に攻撃を打ち込む。彩華が打ち合いに応じようとすると、美奈子はサイドステップで距離を取りながら、彩華の攻撃を空振りさせる。美由紀の言った通りの展開になりつつあるのだが。

 

「相手は試合が決まった時から美奈子のことを研究してきているはずよ。なんとか自分のフィールドに美奈子を引き摺り込もうとするはず。このままではすませないでしょうね。それに第1ラウンドで美奈子はダウンを奪われている。こっちは不利なままよ」

そういうとじっとリングを見つめる。

 

開始1分まで美奈子が彩華を翻弄していたが、130秒を過ぎたころから状況が変わっていった。それまで距離を取ろうとした彩華が距離を取ろうとするのを止め、積極的に美奈子に打ち合いを挑むようになった。ヒットアンドアウェイを仕掛け続ける美奈子が懐に飛び込もうとしたときにジャブやワンツーで出鼻を挫き、そのまま打ち合いに持ち込む。美奈子が離れても今度は追おうとせず、また美奈子が飛び込んでくるのを待つ。そして同じことを繰り返す。

 

「・・・・・・・ち」

彩華が戦法を変えたとみると、美奈子は舌打ちをし、今度は彩華の懐までに飛び込まずにぎりぎりの射程からフックやストレートで攻撃を仕掛ける。彩華に応じて美奈子も戦法を変える。それに応じて、彩華の遠距離からの打ち合いを仕掛けていく。そしてそのまま膠着状態になり・・・・・・。

 

「カーーーーーン!!」

2ラウンド終了のゴングが鳴った。

 

「はあ・・・・・・・あ~~、疲れた」

びっしょりと汗をかき、美由紀の差し出した椅子に腰かける美奈子。

綾乃は美奈子に飲み物を差し出し、タオルでバタバタと仰ぎ、美奈子の体温を下げさせようとする。第2ラウンドは序盤こそ美奈子が押していたものの、その後彩華が勢いを取り戻し、最後はお互いに一歩も譲らなかった。トータルで見るとおそらく互角だろう。

 

「あっちも疲れてたみたいだけど、このままの展開じゃこっちが持たないわよ」

2ラウンドで疲労させたとはいえ、第1ラウンド目にダウンを奪われ、続くラウンドは様子見なしで打ち合い、疲労が溜まってきている。第2ラウンド終了とは思えないほどだ。

 

「次のラウンドが勝負ね」

そういうと気合を入れるかのようにバンと両拳を合わせる。

「向こうもそう思ってるはずよ。次は小細工なしで勝負なさい」

OK

美由紀が上げた手にバンとグローブをぶつけると立ち上がり、リング中央に向かう。

 

「カーーーーン!」

 

3ラウンド開始のゴング。グローブを合わせると彩華が飛び出してくる。サイドステップで距離を取りながらジャブで牽制しようとするが、ジャブをもろともせずにそのまま美奈子の懐に飛び込み、右アッパーで顎を跳ね上げようとする。

 

「くう・・・・・・・のっ!!」

バックステップで彩華のアッパーをかわすと反撃の右ストレートを彩華の頬目掛けて放つ美奈子だが、こちらは彩華にガードされる。至近距離まで接近し、美奈子に打撃を加えていく彩華とそうはさせまいと距離を取りながら、おいすがる彩華を攻撃していく美奈子。二人の攻防に会場の歓声がどんどん大きくなる。そうした攻防が1分ほど続いたが・・・・。

「げふ!!!」

彩華の右フックが美奈子の脇腹をしたたかに抉る。

 

「ふぐうう!!!」

きゅっと左足を広げると、その場に止まってしまった美奈子の顎に左フックを叩き込む。彩華の左拳を受け、美奈子は横倒しにダウン。

 

「よし!!」

フックをクリーンヒットさせ、思わずガッツポーズをする彩華。一方の美奈子はマウスピースを弾き飛ばされ、横倒しに倒されたまままるで寝ているような状態だ。

 

「美奈子!!しっかりして!!立ちなさい!!」

「美奈子さんしっかり!!

美由紀と綾乃の声援に応えるかのようにぴくりと体を動かす美奈子。

 

「うう・・・・・・つ・・・・・・・・」

うめき声を上げながらも、なんとか意識を保っている。カウント5で体を起こし、足を震わせながら、カウント8でなんとか立ち上がり、構えを取る。

 

「はあ・・・・・く・・・・」

レフェリーのチェックを受ける美奈子だが、すこしよろけている。ダメージの深さはその体の動きからも明らかだ。このまま止められるかと思われたが・・・・・。

 

「ファイ!!」

美奈子がしっかりとレフェリーを見据え、はっきりと「やります」と答えるのを聞いて、続行を宣言する。しかし、美奈子のダメージは深い。

 

「くふう!!くう・・・・・」

再開早々、美奈子に猛然と迫り、ワンツーを叩き込む彩華。ガードを固め、なんとか耐えた美奈子だが、彩華は足の止まってしまった美奈子にストレート、フック、アッパーと雨あられと叩き込んでいく。彩華の猛攻に徐々にコーナーへと追い込まれていく美奈子。ガードを固めている美奈子はまだクリーンヒットを許していないが、それも時間の問題か。

 

「ふぐう!!!」

コーナーポストに追いつめられた美奈子のボディを抉る彩華のアッパー。ガードの隙間から美奈子の身体を串刺しにする。そこで今度こそとどめの一撃を放とうと大きく振りかぶる彩華。

 

「ふぐうううう!!!!」

大きな打撃音が会場中に響き渡る。良く見ると大きく拳を振りかぶっていた彩華の腕がだらんと垂れ下がり、ぼたぼたと涎を零し、美奈子に体重を預けるようにしてその場にがっくりと腰を落としている。彩華の鳩尾には美奈子の拳が深々とめり込んでいる。彩華が美奈子に止めを刺そうと右ストレートを放とうとした一瞬を狙って放たれた美奈子の右アッパーが深々と彩華に突き刺さったのだ。

 

思わぬ逆転劇に会場中が歓声を上げる。追撃を加えようとした美奈子にレフェリーが割って入り、ダウンを宣告。美奈子と言う支えを失った彩華はコーナーポストによりかかるようにしてダウン。よろけながらもニュートラルコーナーへ向かう美奈子。コーナーに着いた途端、顔をだらんと下げ、ぜえぜえと荒く息をつく。彩華を見ている余裕などない。

 

「6・・・・7・・・・・」

カウントが7まで数えられたところで、レフェリーがカウントを止める。思わず顔を上げる美奈子だが、視線の先ではレフェリーが両腕を交差し、続行不可能を宣言。

 

「いやったあ~~~~~!!!!」

どこにそんな力が残っていたのかと言うほどの力でその場にジャンプし、喜びを爆発させる。しかし、体力は限界だったようで、着地に失敗し、その場に腰を落としてしまう。一方の彩華は素早くタンカで運ばれていく。短いが、熱い試合の幕が落とされた。

 

試合から数日後の病院。

辛くも勝利した美奈子だが、勝ち名乗りを上げ、控室へと戻った後、念のため病院へと運ばれ、そのまま入院することになった。

 

「えと、こんにちは」

「・・・・・・・・」

美奈子の入院している病院に彩華と麻友が見舞いに訪れる。といっても全員同じ病院に入院しているので、階が違うだけだ。美奈子と試合した彩華はともかく、麻友も入院しているのは、同日の試合がかなりの接戦で検査が必要ということ。医療技術の進歩で、格闘技の怪我の回復は早くなった。よほど深刻なダメージを負わない限り、1週間もあれば次の試合も可能となっている。もちろん、そこまでハードなスケジュールをこなすこともまれだが。

 

美奈子の部屋を訪れた2人の表情は対照的。相変わらず、にこやかな彩華とむっつりとしている麻友。

 

「私と麻友ちゃんの部屋が同じだったんで、一緒にお誘いしたんです」

「私は行きたくなかったのに・・・・・」

「まあまあ、そんなこと言わないで」

入院している間にすっかり仲良くなった二人。すねる麻友を宥める彩華。そのまま美奈子を屋上に強引に連れ出す。不承不承の美奈子、麻友と話したいということはないし、彩華には特に良い感情を持っている訳ではない。

 

「わざわざお見舞いなんて良いのに」

「入院する病院が同じなのに見舞わないって変ですから」

「そうかな」

「それに美奈子さんともう一度話したかったので」

「何を?」

「色々です。沙耶華先輩のこととか、ボクシングのこととか」

「なんで?」

きょとんとする美奈子。

 

「えと、麻友ちゃんに聞きました。私が、美奈子さんを嫌いなんじゃないかって。」

「・・・・・余計なことを」

思わず麻友を睨み付ける美奈子。麻友は、あっかんベーをしている。

 

「私、別に美奈子さんが嫌いじゃないです。沙耶華さんを尊敬してますけど、美奈子さんも尊敬してますし、私が挑戦しなかったら美奈子さんか、麻友ちゃんに挑戦してほしいなって思ってたから。」

「え?」

「それに。美奈子さんに勝って欲しかったっていうのは、私がチャンピオンになりたかったってだけじゃなくて、あ、もちろんそれもありますけど、同じ世代の選手が沙耶華さんを乗り越えるって、なんか自分のことみたいで。応援したくなっちゃっただけなんで。なんだか複雑ですけど。」

「あ、そ、そうなんだ・・・・・」

自分の勘違いに顔を赤くする美奈子。

 

「私、ずっと美奈子さんと麻友ちゃんとお話してみたかったんです。ボクサー同士慣れあうのはいけないって言う人も居ますけど、それはそれ、これはこれで、私たちもプロだから手を抜くことはないし」

「まね、私は美奈子をぼこぼこにする自信はある」

「・・・・・・出来もしないくせに。私に接近も出来ないじゃないの」

「なら、なんで美奈子は、彩華にぼこぼこにされたんですか?」

「あれは作戦よ。彩華がインファイトを仕掛けてくるなって思ったから、インファイトに応じて、頃合いを見てカウンターっていうか」

「何言ってるんだか。本当は彩華を突き放したくても離せなかっただけじゃないの?」

「う、そ、それは・・・・」

「しかもアウトボクシングを仕掛けようにも足に来ちゃって距離を取れないって格好悪い。」

「う・・・・・・、うるさい」

麻友に責められっ放しの美奈子。ファイトスタイルと異なり、麻友は事前の戦略や他人の試合の分析には余念がない。美奈子に理屈っぽいと言われる所以だ。他方、美奈子は感覚で動くことが多く、天才肌と言われる。それを見た麻友には、頭が悪いと言われている。こうした場面で、美奈子が麻友に勝つということはほとんどない。調子に乗った麻友の分析がさらに続く。

 

 

「それに、最初のラウンドのあれは何。固まっちゃって、あんたデビュー戦?」

「だ、だって、この前負けたばっかりだし。そう思ったら緊張しちゃって」

「アウトボクサーのくせに殴られ過ぎじゃないの?彩華の方が痣が少ないじゃない。まぐれで勝ったとしか思えないわね」

「そ、それは・・・・・ってなんであんたにそこまで言われなくちゃいけないのよ!!」

麻友の分析に言い返すことも出来ない美奈子だったが、つい逆ギレする。

 

「客観的な評価をしただけですけど?」

「何が客観的な評価よ。人の悪口ばっかり言って」

「人を性格の悪い人間みたいに言わないでよね。それなら彩華に聞けば良いじゃない」

そういうとそれまで黙っていた彩華に話を振る。

 

「え?えと・・・・・・」

突然矛先が自分に向き、慌てる彩華。心なしか先程よりも出口に近づいている。逃げるつもりだったようだ。

 

「良いわよ!!彩華、あんたはどう思ってんのよ!!」

ずんずん彩華に詰め寄る美奈子。

 

「え・・・・と、その、たしかに最初のラウンドは固いなって思ってたし、最後のラウンドは美奈子ちゃんの足も封じてこっちの思い通りの展開になったなって思ったけど、まさかあそこでカウンターで来るとは思ってなかった、ってあ・・・・」

口に手を当て、しまったというように口を噤む。

 

「ふふふ、そっか、そうなんだ・・・・・・あんたもそう思ってたんだ」

「ち、違うよ、美奈ちゃん。最後に負けたのは私なんだし」

「頭に来た!!彩華!!次はあんたを対戦相手に指名してやる!!今度はこてんぱんにやっつけてやるから覚悟してなさいよね!!」

「え!?そ、そんな無茶苦茶・・・・」

「今度は返り討ちにされちゃうんじゃないの?」

「うるさい!!彩華の次は麻友なんだからね!!」

「だから出来ないって言ってるじゃない」

「出来る!!」

「出来ない!!」

「出来る!!」

「もうやめて下さい!!」

屋上でとりとめのない話をつづける三人。試合を経て、美奈子には新しい友人が出来た。

どうもお久しぶりです。

新作じゃなくてすいません。
この作品は、pixivに載せてた作品を再掲載したものです。

第0話から、登場人物も増えました。
ここで出てきたのが彩華と麻友です。

彩華は、お嬢様キャラということで設定しました。
清楚でおとなしいけど、実は・・・・。という感じの娘です。
見た目とは裏腹に、かなり激しいファイトスタイルを好んでいる娘です。

麻友は、外伝の編集後記でも書いたので、こちらでは書きませんが、気になる人は外伝編集後記を見て下さい。元々、美奈子、彩華、麻友の3人娘で回す予定でした。それがこうなるとは・・・。気になる人は次週お楽しみに。

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